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手紙

作者: yurihana

親愛なるNへ

私は死のうと思います。突然このような手紙を送りつけられて、あなたは困惑しているでしょう。

しかし、誰宛に書くかと考えたとき、真っ先にあなたの名前が浮かんだのです。

あなたと最後に会ったのは、高校生のときだったと記憶しています。あなたはあのときから、とても素晴らしい人でした。将来に大成すると私はひそか予感していました。それは的中し、今ではあなたは、立派な作家です。

先日新聞であなたの顔を見ました。新刊を出すそうで。

あなたのような大作家に、手紙を出すのが恥ずかしくってなりません。

私の文章は、見るに耐えない稚拙なものでしょう。ですが、どうか最後までお読みください。私は、一生のお願いというものを、ここで使うこととします。

昔話にでも浸りましょうか。私とあなたが初めて会ったのは、幼稚園のころでした。あなたは大変おかしな性格だったと思います。みんながカブトムシを見ているなかで、あなたはカブトムシのいる木を見つめている。言い表すならそんな性格です。しかし私はあなたのことが嫌いではなかった。むしろ好いていたと言って良いでしょう。あなたとの会話はいつも面白かったし、あなたは他の友達にはないものを沢山持っていましたから。

幼稚園を卒業し、私たちは同じ小学校に入学しました。あなたとはクラスが何度も離れ、あまり話す機会はなくなりました。

確か、小学五年生だったと思います。私はやっとあなたと同じクラスになることができました。

幼稚園のころと変わらず、あなたは私と仲良くしてくれましたが、私はなかなかあなたに話しかけることができませんでした。

あなたはクラスの中心的な、声が大きい子達と仲良くなっていました。先生に媚を売り、友達を選び、発言力が乏しい子を狙って嫌がらせをしていました。私は、クラスの中心的な子とは仲良くありませんでしたが、嫌がらせを受けることはありませんでした(今思えば、あなたが私が狙われないように取り計らってくれたのですか?そう思うのは、私の願望でしょうか)

あなたは知りませんが、あなた達が陰口を言うのと同様、あなた達自身も、裏で散々に言われていたのですよ。私はあなたに呆れかえっていました。なんてくだらなく、心の浅ましさを見せびらかすことをするのだと。

ですが、私はあなたの悪口を一切言いませんでした。あなたの悪口が聞こえてきて、悲しいとさえ思いました。私は、幼稚園の頃のあなたを知っていたからです。私にはあなたを嫌うことができませんでした。

あなたが仲良くしていた人達は、将来あなたを見捨てるかもしれないと私は考えていました。ですから、あなたが例え独りぼっちになったとしても、私だけは味方でいようと、そっと決意したのを覚えています。

一つ、誤解をしないで欲しいのが、私はあなたの欠点を言うために、この手紙を書いている訳ではありません。ただ純粋に、思い出を振り返っているだけなのです。

小学校を卒業した後、私達は別々の中学校に行きました。私はあなたの中学校での姿を知りません。実はとても気になっています。しかしこの手紙に返事は必要ありませんので、心の中で答えておいてください。

さて、再び私達が会ったのは、高校のときですね。私はとても驚きました。あなたが別人になっていたからです。

あなたは他人を思いやり、親切にしてやれる心を持っていました。小学校とは偉い違いです。

私にも沢山話しかけてくれるようになりました。私は嬉しかった。小学校でのあなたは、周りの友人に影響されていただけなのだと分かりました。

その後で、私はあなたが同じ高校に入学してきたことに衝撃を受けました。私は、あなたはあまり、頭が良くないと考えていたからです。小学校で、ぎゃーぎゃーと騒いでいる人達は、知能が低い輩だと決めつけていました。私はあなたへの評価をもう一度見直す必要があると感じました。

高校の部活で、あなたは美術部に入りました。そういえば、小さい頃から、あなたは絵を描くのが好きでしたね。

ちなみに私は、文芸部に入部しました。

私の将来の夢は小説家になることでした。文芸部の人はだいたいが兼部をしていましたが、私は他の部活に入りませんでした。

私はがむしゃらに小説を書いていました。自分で物語を作り出すのはとても楽しく、私は幸せな気持ちでした。

月日が過ぎ、夏休みになりました。私は複数の小説コンテストに応募し、少しわくわくしながら結果を待っていました。

夏休みから少し経った、十月の初め、校内で表彰式がありました。私は目立つのが好きだったので、壇上に上がりたいと、心の中で熱望していました。小説コンテストの結果は十二月頃発表されるので、私は別に何にも注意を払わず、他人の名前が読みあげられるのを聞いていました。

すると、あなたの名前が読み上げられたじゃありませんか!あなたは絵のコンクールで銀賞をとっていました。予想外の名前が放送されたので、私はかなり驚きました。私は、あなたが表彰されるような人間だとは、微塵も考えていなかったのです。小学校の経験から、あなたは私よりも下だと思い込んでいたので。大分失礼な言い方になりましたが、本心なのですよ。

私はあなたを祝うと同時に、少し悔しく感じました。あなたが私よりも先に、壇上に上がったからです。

私はあなたの絵を見ました。素晴らしく思いました。なんだか綺麗、でした。言葉には上手く言い表すことができません。絵を見たら、あなたが壇上に上がったことは、当然のことだと考えるようになりました。

絵はあなた、文章は私。そういう風に思うようになりました。将来私が本を出すときは、表紙にあなたの絵を使ってやってもいいと、身の程を知らない、傲慢な考えも浮かびました。

さて、十二月になり、小説コンテストの結果が出ました。残念ながら、私の名前は呼ばれませんでした。私は悔しくて、悔しくて、唇を噛んで、涙を誤魔化しました。

仕方がないと自分を慰めているとき、あなたの名前が呼ばれました。信じられませんでした。あなたは絵に特化していると、勝手に思っていたので。

表彰式が終わり、放課後あなたに会いに行きました。私の中には、悔しさや驚きの感情が渦巻いており、あなたの小説に対する詳しい情報を手に入れない限り、落ち着きそうになかったのです。

私はあなたにお祝いの言葉を言いました。私は自身の負けを宣言するようで、お祝いの言葉なんて、口に出したくはなかったのだけれど、社交辞令として、苦々しい気持ちで言いました。

そんな私の言葉に対して、あなたは満面の笑みでお礼を言いました。その笑顔はとても純粋なもので、私は自分の心の狭さを実感せざる得ませんでした。

私があなたに質問をすると、あなたは快く答えてくれました。少し興味が湧き、夜中に思いつくままに書いたこと。選ばれることにこだわっておらず、今日までこのコンテストの存在を忘れていたこと。そして今、選ばれて驚いていること。

あなたが答えれば答えるにつれ、私の負の感情は増大していきました。

あなたには言いませんでしたが、私は寝る間も惜しんで、何枚も書き上げたのです。いつも小説のことを考え、何度も何度も書き直したのです。魂を込めたと言ってもいいでしょう。そんな作品が、少し興味が出て書いた作品に負けたことが、悔しく、許しがたいことでした。

私は終止あなたに笑顔でしたが、心にはどろどろとした感情が溜まっていきました。

私はあなたを警戒するようになりました。何か私の大切なものを、どんどん奪っていくようで怖かったのです。あなたには才能がありました。私なんかよりもずっとありました。私はあなたと長くいると、気が狂いそうになりました。

私はまだ、あなたのことを見下すのを止めていませんでした。小さい頃にできた先入観から抜け出すことはとても難しいのです。

飼い犬に手をかまれると言うのでしょうか。いえ、決してあなたは飼い犬などではありませんが、例えるならばそんな感じです。

私は屈辱を勝手に味わっていました。しかしあなたのことを嫌いになれませんでした。

幼稚園の頃のあなたを思い出すことも原因の一つですが、何よりあなたは優しかった。

いっそ、小学校の時のように、あなたが意地悪なら良かったのに。そうしたら、私はあなたの性格を出汁だしに、悪口が言えたのに。あなたが私に親切にするから、私の心の狭さがさらに目立ってくるのです。

私はあなたにあまり近づかないようにしました。私は、定期考査の有利な情報を手に入れても、あなたにだけは、教えませんでした。なのにあなたは成績も良かったそうではありませんか。私は全てにおいて、あなたに劣っているのでしょうか。

長いようで短い高校生活が終わり、私達は大学へ進みました。私はあなたがどの大学に進学したのか知りません。わざと聞かないようにしました。あなたよりも学力が低い大学に進学していたら、大学に合格したことを素直に喜べなくなりそうなので。

私は大学の、小説を書く人が集まるサークルに入りました。あなたのことは忘れるようにしました。私は私なりに、小説家を目指そうと決めたのです。

そんな中で、あなたは小説家デビューをしました。

ひどいではありませんか。私はあなたは絵関係の仕事に就くのだとばかり……。

あなたは何か、有名な賞の大賞をとったようで、新聞に顔が載っけられていました。それは私が落選した賞でした。

私はコンテストに落選するのは、(悔しいけれども)慣れてきていました。私には才能がないのではないかとも思っていました。 

だから、私でない誰かが、コンテストに選ばれるのはしょうがないことなのです。私は落選したときでも心の整理がつくようになっていました。

しかしあなたは別です。あなただけは、受け入れられない。あなたへの対抗心は、海よりも、地獄よりも、深いものです。

テレビにあなたのインタビューされている様子が写っていました。

私はすぐに電源を切りました。

私はあなたの顔を見るのも、名前を見るのでさえも耐えられません。

あなたに対する感情は、『悔しい』から『憎い』に発展しました。

これは見事なまでの逆恨みです。

私はあなたのことが憎くって、憎くって。どこかで死んでしまえと思う日もありました。

この手紙を書くことさえも、私にとっては苦しいのです。

しかし時折、あなたへの深い友情の気持ちが蘇る時がありました。そんなときは、私は自身の愚かさを呪いました。

私は、あなたのことがいつも頭から離れません。あなたへの恨みや、自責の気持ちでいっぱいなのです。

私は何をしていても苦しいのです。小説を書くことにも、楽しさを見いだせなくなりました。これは私の愚かな、自己顕示欲、またはあなたを見下すその浅ましさが引き起こしたことです。あなたは何も悪くありません。むしろ、こんな手紙を送られた被害者ですが、私は決してあなたに謝りません。そんなことをしたら、私の精神が、いよいよ参ってしまうからです。

ここまで長々と語ってきましたが、この手紙には"落ち"というものがありません。

あなたに小説家を引退しろというような内容でもありません。私はあなたに私の本心を、ただ知っていてほしいだけなのです。

強いていうなら、私を反面教師として、どうか他人を下手な恨み方をしないように気をつけてください。

私はもう手遅れです。

この品曲がった性格は、二度と直りそうにありません。私はこれからも、あなたを身勝手に憎み、毎日を心的余裕のないままに、暮らしていくしかないのです。

ですから、私は死のうと思います。

私は自分にほとほと愛想が尽きたのです。

あなたはこれからも、その自由な発想で、多くの人を喜ばせてください。

そして、後世に作品を残して下さい。

この世に生まれ変わりというものが存在して、私が他人に生まれ変わった後ならば、あなたの作品を素直に読めると思うので。

では、さようなら。

                     敬具

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