第60話 俺はソゾンさんとの話を楽しむ
爺さんが作った砦、じゃない村を出発し、川の流れを眺めながら王都へ向かう。
時々地元の漁師らしき人が船の上で何やら作業しているのが見える。川底に魚を取る仕掛けでも沈めているんだろうか。
ヴルツェルに行くときは注目していなかったが、これからこの川で大きな事業が行われると思うと自然と目が行くものだ。
「でもどうして今まで川を利用してこなかったんだろう。王都から東側へは水運が発展しているのに」
「ゲオルグは王都から東に馬車で行ったことがあるじゃろ。どうして船を使わなかったんじゃ?」
俺の独り言にソゾンさんが反応した。
「え、それは父さんが決めたからだけど。キュステへ行く商隊の護衛依頼を受けたからかな」
「ふむ。ならばその商隊はどうして船を使わないのか。馬車よりも船の方が荷物は多く運べるぞ」
確かにそうだが、王都からキュステまで川では繋がってない。キュステに船で行くなら河口の街で海船に乗り換え、海に出る必要がある。底が平たい川船で海に出るのは危険だからね。
「王都から東に向かうには川の流れに沿って船を使えるから楽ですが、帰りは川を遡上することになり船は使えません。途中で荷物を海船に積み換えるのも面倒だから、最初から馬車を使ったんじゃないでしょうか」
「王都の魚人族は河口の街から船に乗って海産物を運んで来るよ。川を遡れないってことはないよ」
姉さんが割り込んできた。
「魚人族が船を引っ張って泳いでいるんじゃないの?」
「小さい船ならそれも出来るけど、大きな貨物船は無理だよ」
「なら、艪で漕ぐか、帆に風を当てるか」
「両方やってる。帆に風魔法を当てるのが一番楽だね、魚人族は風魔法を使えないから人族を雇う必要があるけど」
「水魔法を使って船を動かすことはしないんですか?」
「水魔法は操作を間違えると大きな波が出来る。他の船を転覆させる恐れがあるから、直接水面を操作する魔法は禁止されておる」
今度はソゾンさんが会話に割り込む。
「お互い水魔法で上手く操船したら転覆は回避出来そうですけど」
「お互い水魔法が得意とは限らんからの。特に川を下っている方は魔法を使わなくても進むんじゃ。船で寝転んで休んでいるということもあるじゃろう」
「小さな船には帆を付けないの?」
「帆を付けて重心が上がると転覆しやすくなるからな。風魔法を使う乗組員も必要になるから積載能力も落ちる」
技術的な部分はソゾンさんが教えてくれた。
「温室に使ったような風を送る魔導具を乗せたらいいんじゃないですか?」
「それがなぁ、難しいんじゃ。ゲオルグも見たように送風の魔導具は外気を後方から取り込んで前方から勢いを付けて吐き出す仕組みじゃ。しかし前方に風を送る時、魔導具は後ろに動こうとする。魔導具に車輪を付けると、後ろに進むんじゃ。この後ろに動こうとする力が、帆に風があたって前進する力を打消し動きが止まってしまう、もしくは後進するんじゃ」
作用反作用の法則か。
「それなら魔導師が風魔法を当てても同じじゃないですか?」
「そこが違うのが、魔法の面白い所じゃ。風魔法を発動させても、術者を反対側に動かすような力は発生しない。これは火魔法を使った術者に熱が伝わってこないのと同じじゃ。魔法を使いながら無意識に自分を守っているんじゃな」
なるほど。姉さんもうんうんと頷いている。
「しかし魔導具でそこまで再現しようとすると難しい。ゲオルグも火魔法の魔導具で熱を感じたはずじゃ。調整を失敗するとそうなる」
「でもソゾンさんには作れるんですよね」
「まあな」
「ところで帆の無い船に、送風する魔導具を後ろ向けに付けたら、どうなりますか?」
「前に進む」
「どうしてそのやり方をしないんですか?」
「効率が悪いんじゃ。小さな送風では川の流れに対抗出来ない。対抗出来る強い風を起こすには大きくて強力な魔導具が必要になる。作ってみたがみんな買わなかった。高価だし重いし、良い事無しじゃ」
ほんとに色々出来る人だ。
「海の船はどういう作りなんですか?」
「海洋船は基本帆船じゃな。川と違って大きな船を作れるから、風魔導師を雇っても充分な利益を出せる」
風魔法を使った帆船か。
「船を動かす案がいくつかあるんですけど」
「なんじゃ」
「船の左右に水車を付けて、馬車の車輪のように水車を回して進む方法」
「水車で水をかいて進むのか、艪の変形だな。どうやって水車を回す。人力なら艪と変わらんぞ」
所謂外輪船ってやつだ。地球では蒸気機関だけど、蒸気機関を説明するより魔法で行こう。
「往復運動を回転運動に変えるクランク機構ってものがあるんですけど、その往復運動を風魔法の魔導具で出来ないかなと思いまして」
「往復運動ということは、上下か左右に動かせばいいのか。片側から交互に風を当てると出来そうだが、上手く作らないと効率が悪そうだ」
スクリューは結局回転運動だからな。外輪船が上手く行ったら提案しよう。
「もう一つ、風じゃなくて水を吸い込んで勢いよく吐き出す魔導具を船底に付けて、後方に水を流しながら進むって言うのはどうでしょう」
ウォータージェットだな。
「いい案だが、魚などを吸い込まないように気を付けないとな。水中を泳ぐ魚人族にも注意を促さないと。しかし2つとも面白い案だが、船底を深く作れない川船だと設置は難しいかもな」
「船底が無理なら横に付けるか、船の後方に吸い上げと吐き出しの装置を付けるとか」
王都に着くまでソゾンさんとずっとこんな話をしていた。
楽しい。
知識の多くは前世の物だが、この世界で活用できるように考えるのが楽しい。
なにか、俺の出来ることが、分かった気がする




