第56話 俺は温室建設を見守る
ヴルツェルまで向かう残りの道程は、ガチガチに護衛され自由が無かった。
安全なのはいいが、気軽に街の散策にも行けないのは堅苦しい。
家族を守ろうとする爺さんの本気は伝わって来るが、ちょっとやり過ぎじゃないかな。
ヴルツェルに着いたらクロエさんと婆さんが出迎えてくれた。
「ゲオルグちゃん、無事でよかったわ。この街は安全だから、安心して楽しんで行ってね」
婆さんに抱きつかれて頭を撫でられた。いい匂いがして気持ち良いんだが、ちゃん付けは気持ち悪い。
「歓迎ありがとうございます。ですが、ちゃん付けは聞き慣れなくて居心地が悪くなるので、家族ですし呼び捨てで構いません。それと、俺以上にヤーナさんへの配慮をお願いします」
抱かれながらそういうと、更にぎゅっと力を込められた。
「自分以上に他人を気遣えるなんて、ゲオルグが優しい子に育って嬉しいわ。私の事はリタさんって呼んでね。家族だから敬語も要らないわ」
喜んでくれるのは嬉しいけど、そろそろ離してくれ。
それと警護も要らないって爺さんに伝えて欲しい。
ようやく解放された俺にクロエさんが話しかけてきた。
「あんなに喜んでいるリタさんは久しぶりに見ました。ゲオルグさんが無事でよかったです」
まさかクロエさんにそんなことを言われるなんて。
いつの間にクロエさんの警戒が溶けたんだろうか。
これを機にもうちょっと踏み込んで仲良くなろう。
「クロエさんも、俺の事は呼び捨てでいいですよ。クロエさんの方が年上ですし、敬語も要りません」
「アリー様にも敬語ですので、気にしないでください」
だめか。一気に距離を詰め過ぎたかな?
「クロエはダメだよ。私もずっと言ってるのに全然呼び方変えてくれないし、敬語だし」
姉さんがクロエさんのほっぺをプニプニしながら文句を言っている。
うらやましい、俺も。
ダメだ、また嫌われる。ヴルツェルに居る間にもっと仲良くなりたいから今は我慢だ。
温室を建てる場所は既に選定され、整地も済んでいた。
街の工房を貸し切って材料を運び、姉さんが一気にガラスを作っていく。
俺は工房主のドワーフと並んで見物し、驚愕していた。初めて見るガラス作りは豪快かつ繊細だった。
「浮遊魔法で材料を浮かせながら、火魔法で一気に溶解する。溶けたガラスを土魔法で板状に伸ばし、ゆっくりと風を当てて冷ましている。何より凄いのはこちらに熱が伝わり火傷しないよう調節しているところですね」
驚いて声も出せない俺の横で、マリーが冷静に分析している。その分析力が俺を更に驚嘆させる。
「もしかしてもう既にマリーも出来ることなの?」
「私がやるにはもうちょっと火魔法の腕を磨かなければなりません。長時間安定した火力を維持するって結構難しいんですよ」
マリーは二人っきりだとため口だけど、皆の前だと敬語を使う。俺は気にしないって言ってるんだけど、マルテに怒られるらしい。
怒られるならしょうがないよね。俺はマルテを説得できる気がしないから。
大量に出来上がったガラスはソゾンさんの検品を受けて建設に使用された。
2つほどヒビが入って使えないガラスが有ったと、姉さんが悔しがっている。早く冷ましすぎたんだって。
姉さんに職人としてのプライドが芽生えているな。将来的にはそっちの道に進むつもりなんだろうか。
ソゾンさんに習いながら、建設に必要な他の材料も姉さんが次々と製造していった。
ソゾンさんの指導の下、建設も姉さんが行った。
飛行魔法と浮遊魔法を使って高所作業をする。重くて危険なガラスの運搬も楽々だ。
こうも華麗な姉さんの動きを見ていると、ソゾンさんはどうやってやるのか気になるよね。
「儂は土魔法で地面を上下させ、作業用の足場を作るんじゃ。風魔法よりは安定すると思うが、アリーは風の方が好きみたいでな。こうしなきゃいけないって物ではないから、自分が得意な方法でやらせておる」
「じゃあマリーが建築するなら、ソゾンさんと同じ方法ですね」
「マリーは土魔法が得意じゃからな。しかしアリーに憧れている節があるから同じようなやり方をするかもしれん。もしくは儂やアリーを越えようと、更に画期的なやり方を見つけるかもな。どちらにしろ他人が決めることじゃない。マリーの成長を楽しみにしようじゃないか」
「そうですね」
姉さんだけじゃなくマリーも期待されている。いつか、俺も。
建設はさすがに1日では終わらなかった。4棟も建設したからね。
魔導具の設置が完了したのが5日目の昼。これで温室建設の仕事は一区切り。
爺さんから新たな宿の準備も出来たと言われ、いつでも王都に戻れるようになった。
新しく作るって言ってた宿場ももう完成したんだろうか。早過ぎるよね。
ちょっと心配だから、あと2日ヴルツェルでゆっくりして帰るようにしようと話し合った。




