第71話 俺はルッツの話を聞き続ける
アリーさんの手料理は大変素晴らしく、スプーンを口に運ぶ手が止まらない程に大満足だった。
「お米を炊くのだけはちょっと慣れが必要だけど、後は簡単に作れると思うんだよね」
空っぽになった複数の平皿を眺めて、アリーさんはとても満足そうな笑みを浮かべていた。
「料理素人の私が作ってもこんなに美味しいんだから、本職の人が作ったら絶対に流行ると思うな!」
「確かにこの料理は美味しかったです。それに、米料理を食べ慣れていない王国民には真新しさも有ります」
スプーンを握り締めたままじっと平皿を見つめていた父が口を開いた。
「しかし何故、この料理を縁もゆかりも無いうちに?」
「あれ?」
父さんが口にした疑問を聞いて、アリーさんは目をパチクリさせて驚いていた。
「ルッツ君がうちの新作料理の調理法を知りたがってるって弟から聞いて、でも新作は無理だから教えられる料理を考えて来たんだけど……余計なお世話だった?」
アリーさんが眉尻を下げて俺を見つめて来る。父が胡乱な目で俺を見て来る。
ゲオルグに話を持ち掛けたのは父に内緒だった。上手く行ったら話そうと思って。まさかアリーさんが直々にやって来るなんて想定していなかったから、父に話を切り出す機会を逸してしまっていた。
「どうやら息子の独断だったようです。御迷惑をおかけしました」
「いえいえ、こちらこそ突然やって来て勝手な真似を」
頭を下げた父と同様にしたアリーさんが顔を上げると、既に表情は笑顔に戻っていた。
「で、このちゃーはん、どうですか?もう調理法は見せてるから、使って頂いてもいいんですよ?」
父は暫く考えた後、
「これをうちで出せば恐らく人気になるでしょう。しかし……米は値が張るんじゃないですか?」
恐る恐るといった雰囲気で、でも我が宿の経営にとって大事な問題点を指摘する。
宿泊代を安く設定している庶民派のうちの宿で高級料理を出しても誰も注文しない。うちの宿で働く人なら誰しも考え付く問題点だ。
しかし、アリーさんの笑顔は崩れなかった。
「確かにお米は高い。今日使った食材の中では飛び抜けて高い。でもでも、うちでも他所でもお米を増産中だから、秋の収穫後にはお安く手に入るんじゃないかな?」
「なるほど。フリーグ家と東方伯領の米を売り込むつもりでしたか」
「えへへ、バレました?東方伯領よりうちのお米を買って貰えると嬉しいけどね」
照れ笑いしているアリーさんはとても可愛らしかった。
「具体的には幾ら程になりますか?」
「それは……どれくらい?」
流石に明確な金額までは答えられなかったらしく、アリーさんはアンナさんに助けを求めた。
「男爵様に確認した方が宜しいかと」
「あーうー、やっぱりそうだよね。仕方ない、父様を呼ぶかぁ」
アリーさんだったが急に肩を落として顔を曇らせる。
なんでそんな表情になったのかその時はよく分からなかったけど、1日一緒に凄した今なら分かる。秘密主義のアリーさんはなるべく内密に話を進めて、男爵を驚かせたかったんだ。
「じゃあ明日の朝にでも父様を呼んで、話をしてもらうという事で」
父は納得したように大きく頷いた。
「で、もう1つ提案なんだけど、うちの凄腕料理人を数日雇いませんか?」
アリーさんの新たな提案の真意を測りかねた父は、目をパチクリさせて驚いていた。
その父の様子を見たアリーさんは、とても満足そうに笑っている。
「じゃあよろしくね!」
アリーさんに見送られて、アンナさんは夜空に消えて行った。
これから自宅に戻って男爵に事情を説明し、更に王都から離れたところで暮らしているマルテさんにも話をしに行く。こんな夜中に飛び回らせるのは申し訳無いが、いつもの事です、とアンナさんは優しく微笑んでいた。
「さて、材料は余ってるし、いっぱい料理を作りますか!」
可愛らしく腕まくりをしたアリーさんが厨房に向かって歩き出す。
食堂には美味しい料理の匂いを嗅ぎ付けた宿泊客達が集まっている。
「今日は大幅値引きだよ!」
太っ腹なアリーさんの言葉に父も水道光熱費分を貰えるのならと承諾した。宿泊客は歓喜してアリーさんの手料理を楽しみ、いつの間にか、ちゃーはん以外の料理をアリーさんに作らせていた。
まったく不満を言わず、持ち込んだ食材が尽きるまで美味な料理を作り続けたアリーさんは、とてもとても輝いていた。




