第65話 俺は魔導具を触ろうとする
教会の地下で使われていたもう1つの魔導具は、アレックスを教会まで連れ帰った父さんと共に、警備隊詰所へ運ばれて来た。
「ドゥフト商会の面々は帰宅した。休怠香の件で明日以降も大変だろうけどな」
そう話す父さんの表情は暗かった。
アレックス達とは今日初めて会った仲だけど、俺も父さんと同じく、アレックス達の未来が心配だ。
「はぁ……ったく、なんで俺まで東方伯邸に行かなきゃ行けないんだよ……そういうのは警備隊で全部やってくれ……」
魔導具を運んで来た警備隊員が「隊長に報告して来ます」と言ってこの場を離れると、父さんは誰に言うでもなく、ブチブチと愚痴を溢した。
なるほど。アレックス達の未来を心配しての表情ではなかったようだ。感心した俺の気持ちを返して欲しい。
ドゥフト商会が仕入れた休怠香の入荷経路の件で、東方伯も調べられるんだろう。父さんはその調査協力を、警備隊から依頼されたのかな。息子の前で愚痴を溢すくらい嫌なら、断れば良いのにね。
「なあ、男爵。もう触ってもええか?」
「あ、いえ、隊員が戻るまで少し待ってください」
警備隊員が置いて行った魔導具に興味津々な眼差しを向けていたソゾンさんは待ちくたびれてしまったようだ。
実を言うと、俺も早くその魔導具を触りたくてウズウズしている。
手近な机にドンと置かれたその魔導具は全身真っ黒な見た目をしていて、サッカーボールサイズの球体と、その球体から何本も生えている細長い触手で構成されている。
机の下に向かってダラリと垂れ下がっている触手には、ピンポン玉サイズの吸盤が綺麗に整列して何個も付着している。
うん。タコだね。アレは明らかにタコを模して作られている。
触手が机から垂れ下がる姿を見て、柔らかい素材で作られている事は理解出来るが、それに付いている吸盤はちゃんと吸盤としての役割を果たしているんだろうか。
多分吸盤で対象に張り付いて魔力を吸収するんだろうが、そんな方法を用いる理由はなんだろうな。わざわざ吸盤を用いなくても良さそうなのに。
結局、触ってみないと何も分からないね。早く戻って来て、隊員さん!
「ふむ。百手蛸の幼体をそのまま利用しておるんじゃな。まったく、面倒くさいやり方をするのう」
戻って来た隊員さんから許可を得たソゾンさんが魔導具に手を触れてすぐさま感想を述べた。
やっぱり蛸だったか。しかし百手もある様には見えない。それに、この大きさで幼体なのか?
「百手は、それ程沢山の手を持っている、という比喩じゃな。実際は30本前後がその平均値で、冒険者ギルドの記録に有る最大値は確か50本を超えていたはずじゃ」
平均値の30本でも多過ぎる。ちょっと動かすだけで絡まってしまいそうだ。
「実際、頻繁に絡まるみたいじゃぞ。絡まった腕をそのまま敵に叩きつけて攻撃するらしい。儂はコヤツらの生息域まで行ったことは無いから戦った事は無いが、大型船のマストは簡単に圧し折るらしいぞ」
なんだそれ。航海の天敵過ぎるだろ。
「まあコヤツの生息域はかなり北の方じゃから、王国に居続ける限り、姿を見るのはこれが最後じゃろうな。さて……魔石はどこかの?」
解説を切り上げたソゾンさんがグリグリと魔導具を弄り始める。百手蛸はソゾンさんにされるがままだ。
「ふむ。本来眼が有る部分は縫い付けられておるな。ということは……おっ、口の方は開いてるな。ここをこうして」
百手蛸をひっくり返して机と接していた部分を見ると、触手の直径よりも少し大きな穴がポッカリと開いていた。
ソゾンさんはその口に両手の指を入れて、グイッと左右に引っ張った。
ソゾンさんの力に逆らう事なく、容易に広がる蛸の口。ソゾンさんの肩越しにその中を除くと、拳大の真っ黒な魔石が、部屋の灯りに照らされて煌めいていた。
「ゲオルグ。机の向こう側に回って、口を開いてくれ」
そう指示を出したソゾンさんは1度蛸の口を閉じたが、その指には粘液のようなネバネバした何かが付着していた。
「それ、大丈夫なのか?」
ネバネバに気付いた父さんが声をかける。
「大丈夫かどうかは分からんが、中に手を突っ込まんと魔石は取れんし、1人では取れん。ゲオルグが心配なら、男爵が開けてくれ」
「ああ、わかった」
既に机の反対側に回って魔導具に腕を伸ばしかけていた俺を押し退けて、父さんが蛸の口を開いた。
俺も魔導具に触ってみたかったが、心配してくれたのは嬉しかった。




