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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第61話 俺は自分の匂いを確かめる

 教会を出て暫く歩いた俺達は、教会地区を担当する警備隊詰所に到着した。


「隊長と話して来ます。暫しお待ち下さい」


 先導役兼監視役の若い警備隊員が、俺達を詰所の受付に残して、詰所の奥へと進んで行った。監視役なのに離れて大丈夫なんだろうか。


「うむ。思ったより静かだな。隊員の殆どはまだ教会かな」


 詰所内をぐるりと見渡した父さんが独り言ちる。


 俺達が居る空間には、受付担当の警備隊員1人しか残っていない。もう夜だから、そもそも出勤している人が少ないのかもしれないが。


「出来れば例の娘を治して上げたいが、はてさてどうなることやら」


 うーん、どうだろう。魔力関係の身体異常は、回復魔法ではどうにもならないと思う。どうにかなるのなら、姉さんはとっくに魔法を使えるようになっているはずだ。多分ニコルさんでも、ダメだろう。


「1度ニコル先生にも診てもらったほうがいいのかな?」


 いやー、今日は止めといた方がいいと思うな。これ以上仕事を持ち込んだら、確実に怒られる。


 でもそろそろゲラルトさんとイルヴァさんを迎えに行かないとな。随分と遅くなったから、それでもニコルさんが怒ってそうだ。


「おっ、戻って来たか。割とすんなりだったな」


 ニコルさんの怒りを想像して震えていると、若い警備隊員が独りで詰所の奥から戻って来た。


「では、ご案内します」


 若い警備隊員に連れられて、俺達は詰所に併設されている医療施設へと向かった。




 医療施設に入ると、医者と2人の看護師が俺達を出迎えた。若い警備隊員が手短に事情を説明する。


「患者はかなり取り乱していたため、鎮静剤を使っています。話が出来る状態では無いかと思いますが」


 おっと。


 医者からの忠告が耳に入ると同時に、上着をぐいっと引っ張られた。


 上着を引っ張った犯人のアレックスが、不安気な面持ちでこちらを見ている。


「心配しなくても大丈夫だよ。多分、なんとかなる」


 こういう時に気の利いた台詞を言えない自分を、少し情けなく思う。




 医者と看護師が一同に加わり、カテリーナさんの病室を訪れる。その扉を開ける前から、室内の声が廊下に漏れ出ていた。


 臭い!くさい!クサイ!


 一つの単語を何度も叫んでいるこの声は、地下で聞いたカテリーナさんの声よりもずっと掠れていたが、より力強かった。


 どうやら鎮静剤の効果は切れているらしい。もう1度鎮静剤の準備を、と医者が看護師に小声で指示を出している。


 医者が扉を開けると、その声は更に大きくなる。両手で耳を塞ぎたくなるくらいの大音量だ。


「カテリーナさん、落ち着いてください。この部屋に変な臭いは無いですからね」


 ベッドの上で叫んでいるカテリーナさんを看護師が宥めようとしたが、カテリーナさんの乱心は一向に収まる気配が無い。


「これはまいったね。起きていても話が出来る状態じゃない。もしかして、こういう状態だから面会が承諾されたのかな?」


「いえ、決してそういう事では……」


 笑顔の中に隠された威圧感を感じたのか、父さんに返答した若い警備隊員は及び腰になっている。


「仕方ない、鎮静剤を「待ってください!」」


 医者と看護師の視線が俺に集まった。


 いやいや、声を上げたのは俺じゃなくて。


「お薬より、良い物が有ります」


 俺の上着を摑んだままのアレックスが言葉を続ける。


「カテリーナさんの鼻は僅かな匂いでも敏感に反応してしまいます。私には感じませんが、この部屋には何かの臭いが残っているのでしょう。それを覆い隠す必要が有ります」


 アレックスが話している間も、カテリーナさんは叫び続けていた。


「ルトガーさんすみません。それを使わせていただけませんか?」


「ええ、構いませんよ。特に意味も無く持ち運んでいましたが、ここまで持って来たのが無駄にならなくて良かったです」


 アレックスが要求したそれは、ルトガーさんがドゥフト商会で購入した品々だった。


「この部屋は、お香を焚いても大丈夫ですか?」


 医者と看護師もそれに興味を示して、アレックスを見守る事にしたようだ。




「あっ」


 真新しい香炉から広がり始めた爽やかな緑の香りに、カテリーナさんは敏感に反応した。


「ああ、良い香り。とても安心する、良い香り」


「カテリーナさん、落ち着きましたか?」


 香炉をカテリーナさんの枕元に運びながら、アレックスが声をかけた。アレックスの指示で、他の人はベッドから離れて様子を見ている。


「まあ!その香りはアレックスね。今まで気が付かなくてごめんなさい」


 カテリーナさんの声色は、俺が教会の地下で聞いた時と同様に、喜びに満ちていた。叫び続けていたおかげで声は掠れていたが。


「アレックス、聞いて!急に知らない臭いの人が私の部屋に入って来て私を攫って行ったの!身体はベタベタと触られるし、不快な臭いが鼻を刺すしで、もう最悪!それに何なの、さっきまでの血の臭い!こんなに不愉快なのはあの時以来ね!」


「そうですか、嫌がっていたのは血の臭いでしたか」


「そう、それも人の血!」


医療施設なのだから、血の臭いが残っているのは当然なのかもしれない。


「でも、アレックスのおかげで助かったわ。この香り、アレックスが焚いてくれたんでしょ?ジェダーのお香、だっけ?」


「はい。気に入って頂けたのなら、このお香を取り寄せた商会長も喜びます。それで、カテリーナさんに御紹介したい人が」


「ええ、さっきから知らない香りを沢山感じてる。少し前に部屋に来たゲオルグさんは分かるけどね。他の人達は、いったい誰かしら?」


 たった1度、数分間会っただけなのに、俺の匂いを覚えている、だと?


「急に犬みたいに鼻を鳴らして、どうしたんですか?」


 いや、ちょっと。


 胡乱な視線を送って来るマリーをいなしつつ、俺は割と必死に自分の匂いを確かめていた。

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