第60話 俺は父さんの交渉力に脱帽する
アムレット商会の商会長とヘルミーナさん、そしてダミアンさんが部下を数人残して、教会を出て行った。
警備隊員や俺達の他に残っているのは、ドゥフト商会の2人と、アントンさん達の家族4人、それとザシャさんだ。
「なあ、俺達はいつまで縛られたままなんだ?」
そのアントンさんが少し呆れの入った調子で、口を開いた。
床に寝かされているアントンさんの顔は真っ直ぐに天井を向いていて、その言葉が誰に向けられたモノなのかは分からない。
「俺達はヘルミーナを守って逃げていただけなんだから、縛る理由は無いだろ?」
「しかし君のお姉さんは、男爵の息子を害そうとした。それは十分罪になる行為だ」
部屋に残っていた警備隊員の1人が代表して反論した。
「それに、地下室の囚人についても、まだ話を聞かなければならない。君達の解放は当分先だと思ってもらおう」
「まあ、それなら大人しく縛られていますが、そろそろ尿意の我慢も限界でして」
「……誰か、厠に連れて行ってやれ」
「ではうちのルトガーさんも付き添わせましょう。ルトガーさんも最近草木魔法を覚えたので、必要な箇所だけ拘束を緩める事が出来ます」
「あー、それは、ありがとうございます」
警備隊員2人に抱えられ、アントンさんは小さな舌打ちを残して部屋を出て行った。そう簡単には解放されないと理解した事だろう。
「あの、すみません」
少し静かになった室内に、アレックスの声が広がった。
「なんでしょう。『カサンドラ』と『急怠香』についてをもう少し詳しく伺った後、貴女方を帰す事になると思いますが」
先程の警備隊員が、再び話に応じた。アントンさんと話した時とは雰囲気をガラリと変えて、丁寧な物言いだ。
「その、地下にいたカテリーナさんが……どうなったのか気になりまして……」
「地下のベッドで寝ていた女性ですね。警備隊の医療施設に送られました。自由に面会出来るようになるのは随分と先になると「それは無いです」」
「ちょ、ちょっとグレーテ」
ザシャさんが慌てて止めに入ったが、
「何か問題でも?」
話を遮られた警備隊員は、少し怒気を込めて反応した。
「問題しか有りません。カテリーナさんはあの環境でないと生きられないんです。カテリーナさんの為を思うのなら、早急に地下へ戻すべきです」
グレーテさんは力強い声色で明瞭に話す。自分は何もまちがっていないと、その態度が示している。
「あんなジメジメして臭い香が籠もる地下室より、警備隊の医療施設の方がずっと良い。エルフの回復魔法程ではないが、民間の病院よりもずっと優秀な医者がいる」
「くさいって……」
アレックスがしょぼんとした顔で言葉を漏らした。
アレックスが地下で焚いたお後は俺も好きだから、臭いと評されるのは心外だ。
「通常の医療じゃ助けられないから、あんな所で暮らしていたんです!」
グレーテさんが声を荒らげる。
「カテリーナさんの身体は外部から魔力を注入しないとダメなんです!ドワーフ族の魔導具が無いとダメなんです!」
「その為に、地下で囚人を飼っていたんだろ?その話は私も聞いている。しかし、それを続けさせる事は出来ないから、医者に任せるんだ」
「エルフの回復魔法も試していますが、無駄でした!驚くくらいの大金を払ったのに!それなのに、今更通常の医療で何が出来ますか!」
ザシャさんや両親がグレーテさんを落ち着かせようとしているが、その効果は全く無い。
「貴方達のせいで、カテリーナさんは死ぬんです!この、人殺し!」
「ふぅ。侮辱罪も追加でいいか?」
警備隊員に凄まれて、ザシャさんや両親が慌てて頭を下げる。しかし、グレーテさんは止まらなかった。
「おい、ゲオルグ」
父さんがまた、こっそりと耳打ちして来る。今回は何のようだろう。
「何か、その、彼女を助けられるような魔導具を作れないか?」
いきなり随分と難しい話を持って来たな。明らかに無茶振りだろ。
「カテリーナさんの病体をしっかり把握しないと何とも言えないけど、難しいんじゃないかな」
「そうか。じゃあ会いに行こう。ちょっと待ってろ」
えっ、またそんな急な話を。だいたい1度会ったからって、何か出来るようになるとは到底思えないぞ。
「よし、移動するぞ」
いったいどういう話をしたのか、父さんの提案はアッサリと警備隊に受け入れられた。父さんの交渉力には脱帽する。
「あの、すみません。私も連れて行って貰えませんか?」
部屋を出ようとした俺達に声を掛けたのは、アレックスだった。
「うーん、こっちは構わないけど?」
父さんが警備隊員に水を向ける。
「ドゥフト商会にはまだ聞きたい事が有ると、お伝えしているはずですが」
「私1人が残っていれば、問題無いでしょう。子供の証言よりは、内容の濃い話が出来ると思いますが」
アレックスを庇うようにして、ドゥフト商会の若旦那が前に出て来た。
「まあ、それなら……」
渋々といった様子で、警備隊員は賛同した。
「じゃあ監視役の警備隊員を1人付けてもらおうかな。この子を逃がすつもりは無いけど、その方が安心出来るだろ?」
「まあ、それなら……」
父さんの提案も受け入れられ、俺達は若い警備隊員と共に教会を出た。
アレックスの右手が掴む物は、若旦那の上着から俺の上着へと移っている。




