第59話 俺は商会長に凄まれる
「アムレット商会長の想像通り、休怠香を大量に買ってくれたその人が、手紙の依頼主だった」
意を決したドゥフト商会の若旦那が、ぽつりぽつりと言葉を落とした。
「うちも普段は、手紙の配達なんて仕事は請け負っていない。でも、その仕事は報酬が良かったし、常連からの依頼だったから引き受けて。アレックスに、手紙を持って行かせたんだ」
「手紙の内容については確認していますか?」
話が途切れたのを見て、ダミアンさんが質問を挟む。
「勿論手紙の中は見ていないし、どんな内容なのかは聞いていない。その目的も。確認したのは、届け相手の名前と、届け先の宿名だけだ」
「アレックスさん。君はどうですか?」
ダミアンさんに話を振られたアレックスは、未だに若旦那の上着を握り締めている。
「私も、手紙の内容は知りません。ただ……」
「ただ?」
アレックスは言い辛そうに若旦那を見上げた。
「構わないから、話しなさい」
アレックスに微笑みかけた若旦那の表情は、この人に出会って初めて見る穏やかな顔だった。
「手紙を渡した相手がその場で開封して中身を確認した後、『ラッツは元気か?』と聞かれたのですが、『分かりません』と答えました。その後少し王都の事を聞かれたので、暫く会話をして帰りました」
「ラッツ、とは人名ですか?」
「分かりません。手紙の依頼主の名ではありませんし、私の知り合いには居ません」
「ではその、依頼主の名を教えて下さい」
「その人の名は『カサンドラ』といいます」
「どのような人物ですか?」
「その人は、薄い黒色の長い髪を、綺麗な髪留めで束ねています。だぼっとした服装を好んでいる少しふくよかな女性で、年齢は40歳前後じゃないかと……」
「なるほど。その人物の身元確認を急い「ダミアン、ちょっと失礼」」
いつの間にか、父さんがダミアンさんの隣に並んで、アレックスと対面している。さっきまで部屋の隅でルトガーさんと密談していたのに。
「実はその名前と風貌に心当たりが有るんだけどね。もしかして、その女性は西方伯邸で働いている人じゃないかな?」
父さんの言葉を聞いて、ダミアンさんはぎょっと目を見開いた。
「いえ、職場は料理店です。注文されたお香を何度か配達に行ってますが、西方伯邸からはかなり遠い位置に有ります」
「いや」
それまでアレックスに会話の主導権を渡していた若旦那が、アレックスの言葉を否定した。
「昔、王都の西方伯亭で働いていたとは聞いた事が有る。数年前にそこを辞めたみたいだが」
「なるほどね。それで得心したよ」
「何がですか?」
満足そうに独りで頷いている父さんに、ダミアンさんが胡乱な目を向ける。
「エーデが口走った『ラッツ』の正体さ。後でこっそり教えるから」
「はあ。まあ私も話の流れで正体の予想は付きましたが。では、その『カサンドラ』が休怠香を買い占めて手紙の配達を依頼した、で間違い無いですね」
「ああ、間違い無い」
若旦那に続いて、アレックスもその内容を肯定した。
「では後程その料理店へも行く事にしまして……はぁ、まだまだ事件解決には至りそうにないですね」
ダミアンさんが力無い笑顔を父さんに向けたが、
「なーに。そろそろ黒幕を引っ張り出せるだろうよ」
その父さんは満足気な笑みを返していた。
話を纏めると、アムレット商会には地下で捕まえた男が、ドゥフト商会にはカサンドラなる女性が、それぞれ接触していた。別々の人間を差し向けるとは、黒幕さんは随分と慎重派だな。
「おい、話が終わったのなら、さっさと私達を解放しろ」
アムレットの商会長がそろそろ我慢の限界のようだ。
「あー、そうですね。続きはアムレット商会の方で」
「なぜだ!店は関係無いだろ!」
「ええっと、先程ゲオルグ君が話してくれた中に、ローマンさんが登場しましたよね?」
イルヴァさんの記憶を話した時だ。アムレット商会の副商会長に命ぜられて、小間使いをさせられていた。
「ゲオルグ君が地下で捕まえたあの人物を、ローマンさんがどこかで見ているかもしれません。話を聞いた後、教会地区の警備隊詰所にご同行頂いて、面通しをしたいと思っています」
「なるほどな。しかし、ローマンはもう帰宅している時間だ」
「では、ローマンさんの自宅まで向かいましょう。商会長さんも、出来ればご一緒に」
「分かった。私もアイツに言いたい事がある。しかしヘルミーナは家に帰させて貰うぞ」
「はい。しかし、私の部下を護衛として付けますよ」
意外と素直に、商会長はダミアンさんに従った。ヘルミーナさんの帰宅を優先した結果だろうか。
「ゲオルグくん、あの……」
足早に部屋を出ようとする商会長に背中を押されていたヘルミーナさんが、俺の近くで無理矢理足を止めた。
「その……色々と、ありがとう」
「うん、元気で良かった。先輩達には俺から連絡しておくから、今日はゆっくり休んでね」
俺は精一杯の笑顔を返した。マリーが何も行って来なかったから、変な顔にはなっていなかったはず。
「はい……」
「じゃ、またあし「おい!私の可愛い娘を泣かせるなよ!」」
凄む商会長に守られながら、ヘルミーナさんは教会を出て行った。
出て行く時にポロポロと涙を落としていたが、アレは多分、俺のせいじゃないはずだ。




