第52話 俺は誘拐犯と対峙する
「さて少年。我々にとって有益な情報では無かったらどうなるかわかっているだろうね。我々としても手荒な真似はしたくないのだよ」
そう言いながらも誘拐犯は、持っているナイフをヤーナさんに向けて反応を楽しんでいる。
ヤーナさんは手足を縛られ身動きできない。猿轡のせいで声も出せない状態だ。ただ取り乱した様子はなく、冷静に事の流れを見守っている。
「話をする前に、情報を伝えたら俺達を解放すると約束してください」
太った誘拐犯がナイフの誘拐犯を説得して、俺の話を聞いてくれるようになったのはよかった。
でも、情報を与えたのに誘拐されました、では意味が無い。
「そんなに心配しなくても大丈夫だ。我々の益になる情報を教えてくれたら解放するよ。ただし早く話さないとお迎えが来てしまうなぁ」
そう言って懐から2本目のナイフを取り出し、俺に見せびらかす。
「その情報は誰に渡すんですか?」
「俺達は雇われただけだから、先の事は知らない。知ってても教えるはずがないだろ」
まあそうだろうね。殺すつもりなら教えてくれるかなと思ったんだけど。
「これから教える植物は暖かい地域だと育ちにくいようなんです。もし情報を必要とする人が暖かい地域にお住まいなら、気を付けた方がいいかと思いまして」
「依頼主に伝えておこう」
ナイフを持った誘拐犯が答える横で、太った誘拐犯がペンを走らせている。こっちの方は書記に徹するようだ。
しょうがない、話し始めよう。
「これは父さんがキュステで出会ったエルフ族に聞いた情報なんです」
少し勿体付けて喋る。マチューさんごめんなさい、ちょっとだけ名前を借ります。
「そのエルフが言うには、故郷ではよく食べていたのに王国内では流行っていない植物があるそうです。それが、ルバーブ、という植物です」
太った誘拐犯にもう一回言ってくれと言われたので、ルバーブ、とゆっくり発音する。しっかりと書記してくださいね。
「子供のころにおやつとして生の葉っぱを齧ったり、根っこを茹でたものを料理に使っていたと聞きました。葉と根の間の部分は酸味が強くて捨てていたそうですよ」
必死に書記をしている男とは違って、ナイフの男は訝しがっているように見える。
「俺は学が無いごろつきだが、キュステ周辺が農業地帯なのは知っている。キュステに居るエルフならなぜそこで育てない。俺達を騙そうとしているんじゃないだろうな」
いやぁ、そんなことはないですよ旦那。へへへ、騙そうだなんて思っていませんよ。
「それは最初の方で伝えましたが、ルバーブが暖かい土地だと育ちにくいからです。王国内でも自生していますが、場所は山岳部の冷涼地です。図鑑で調べてもそう書いてありました」
「なるほどな。それをヴルツェルのフリーグ家で育てようとしているのか」
ナイフの方は納得してくれたようだが、今度は書記の方が話に割り込んできた。
「暖かいと育たないなら、温室は必要ないじゃないか。俺達はこのドワーフの旦那が温室を建てに行くのを阻止しようとしているんだぞ」
「ちっ、馬鹿が」
ナイフの男に蹴り飛ばされて、書記が悲鳴を上げている。
黙って書記に徹していたらよかったのに、話に割り込んでくるからそうなる。
温室の邪魔をするってことは、ヴルツェルのフリーグ家が大きくなるのを嫌がっているってことだよな。
「はい、ルバーブを育てるのに温室は必要ありません。なのでこれから建てる温室では違う作物を育てるんだと思います。温室で何を育てるのかは知らないのでルバーブの話をしました」
知らないのは本当です。
「この人の旦那さんが温室を建てなくても、結局誰かが建てますよ。この誘拐事件が尾を引いて仕事を断る人も出てくるでしょうが、お金を出せば建設してくれる人も居るでしょう。なのでこの誘拐は無意味ですよ。ヴルツェルではルバーブを育てないようにしますので、どうか俺達を解放してください」
誘拐のデメリットより、ルバーブのメリットを取ってください。
「そうだな、良い情報をありがとう。じゃあ迎えが来るまで眠ってな」
ナイフの男にお礼を言われ、布で口を塞がれた。
迎えはどっちの意味だ。誘拐犯の仲間が来るまでか、俺の家族が助けにくるまでか。
まさか死神が迎えにくるまでって事じゃないよね?
2人の誘拐犯は俺とヤーナさんを置いて部屋を出て行った。
しばらく待ったが誰も来ない。どうなっているのか全く分からない。
ヤーナさんは目を瞑って身動きしない。眠っているんだったら神経が図太すぎる。
多少身動きした程度では縛りは緩まない。
動けないからやることがない。ぼーっと考え事をしていたら、そのまま眠ってしまった。
「おい、大丈夫か。生きてるよな」
ソゾンさんの声で目が覚めた。捕まっていた部屋からは移動していないようだ。
「誘拐犯たちは捕縛した。ゲオルグが注意を引きつけていてくれたから楽に行動出来たぞ。ヤーナを守ってくれてありがとう」
ソゾンさんにお礼を言われ、ヤーナさんに抱きつかれた。
注意を引きつけるとかよく分からないが、ヤーナさんにも怪我が無いようでよかった。




