第53話 俺は戦闘中の部屋に踏み込む
「ここです。まだ中に居るみたいですね」
少しだけ落ち着きを取り戻したアレックスが立ち止まった廊下の扉からは、中の騒音が漏れ出ていた。
「アレックスは扉を開けたら少し廊下で待機だ。俺が先に中に入るからな。アレックスは無理するなよ」
「わかりました。ふー、すー、はー」
大きな深呼吸を繰り返して、アレックスがドアノブに手をかける。アレックスはもう、俺の服を掴んでいない。
俺も魔導具と魔植物の用意は万全。よし、いつでもやってやるぞ!
「鍵はかかっていないようですね……いきます!」
掛け声と共に、アレックスが扉を引き開けた。
「うっ」
中から勢い良く飛び出して来た熱波に、足を止められる。地下室で火魔法を使って戦ってるのか!?
「水流!」
俺は急遽使用する予定の魔導具を切り替え、室内に向けて水魔法を放った。
魔導具から生み出された水が、室内に流れ込む。
「誰だ!」
水の返礼とばかり返って来たモノは、知らない男性の怒鳴り声だった。
「よそ見なんて余裕だな!」
「ちっ!」
新たな声も追いかけて来る。この男性の声がアントンさんだろうか。
「ゲオルグさん、頑張って!」
いつの間にか背後に立っていたアレックスが、俺の背中をグイグイと押して来る。
自分のタイミングで突入するから、ちょっと待って!
意外と力強いアレックスに押し込まれ、俺は戦いの現場に足を踏み入れた。
その部屋は、俺の心を不安にさせる、おかしな空間だった。
まず気になったのは、奥の壁に取り付けられた複数の枷。まるで人を壁に貼り付けにする為の装置だ。一体この部屋は何の為の部屋なのか。
枷の近くでは、2人の女性が身を寄せ合ってじっとしている。1人はヘルミーナさんだ。向こうはまだ、俺に気づいた様子が無い。
枷以外に有るのは左の壁に作られた扉だけ。つまり、この空間は厨房以上に隠れる場所が無かった。
そして部屋の中央付近では、互いに魔法を放ちながら、男性2人が対峙している。
その1人は右側の壁を背にして、こちらにもチラチラと視線を送っている。見知らぬ顔の壮年男性だ。
「誰だ!味方なら手を貸せ!ちっ!」
壮年男性が叫ぶ。それに乗じて、対峙している年若い男性が火魔法を放った。火魔法を放った彼がアントンさんだろう。
「残念、アイツはゲオルグ。こっちの味方だ!」
どうやらアントンさんは俺の事を知っていたらしい。姉さんから俺の風貌を聞いていたんだろうか。
しかし俺は2人の声掛けには答えず、水流で湿った足元の床に魔植物の種をばら撒く。土が無いから、植物用の栄養剤も念の為に追加だ。
「呪縛!」
準備を整えた俺は言霊を発した。
足元から伸びる魔植物の白い根。
捕縛の狙いは、勿論見知らぬ壮年男性。
「くそっ!」
壮年男性はとっさに壁を蹴ってその場を離れたが、その程度では魔植物からは逃げられない。魔植物は伸ばす根の起動を変えて、壮年男性を追いかける。
「逃がすか!」
アントンさんが攻撃を続ける。壮年男性は反対側の壁に向かって走りながらその魔法を捌く。そうする間に、魔植物は壮年男性との距離を詰めている。
「水弾!」
俺も追撃に参加。しかし辛くも交わされる。続けざまに、用意した魔導具を連続使用した。
壮年男性は俺達の攻撃をなんとか凌いで左側の壁にたどり着き、その壁に取り付けられた扉に手を伸ばす。
ドアノブを回して半開きになった隙間へ身体をねじ込ませようとしたが、彼の抵抗はそこまでだった。
「グレーテさん、大丈夫ですか!?」
短い戦いが終わった後、魔植物の蔓で簀巻きにされている壮年男性を警戒しながら、アレックスがグレーテさんの下へ駆けて行く。
俺はグレーテの姿を目で追いかけながら、新たな魔植物の種を床に落とした。
「助かったよ、助力ありがとうゲオルグくん」
倒れた壮年男性に一撃を加えて意識を刈り取った後、額の汗を上着の袖で拭きながら、アントンさんが声を掛けて来た。彼は仕事を終え、ホッとした様子で肩の力を抜いている。
「ええっと、アントンさん、で間違い無いですか?」
俺の問いかけに、アントンさんは少し目を見開いた。
「おや、俺の事を知っていたのか。アリーさんから、話を聞いていたのかい?」
姉さんの名前を出した時、アントンさんは気恥ずかしそうにモジモジしていた。先程まで勇猛に戦っていた人物とは大違いだな。
「残念ながら姉さんでは無く、別の人からでして……呪縛」
俺はこっそりと言霊を唱えて、完全に油断していたアントンさんを呆気なく捕獲した。
「もご!ふが!もごご!」
魔植物に口まで覆われたせいで、アントンさんが何を言ってるのかは分からない。
「これ以上逃げられると面倒なので縛らせて貰いますね。苦情はゲラルトさんの方へお願いします」
その名前を聞いたアントンさんは、必死に身体を動かして魔植物の拘束から逃れようとし始めた。
「そう簡単には切れませんよ。なにせこの魔植物は凄腕の」
俺が魔植物についてちょっとだけ自慢しようとした時、
「た、助けてくれー!」
半開きになっていたままの扉から、悲痛な叫び声が飛び出して来た。




