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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第50話 俺は地下室で新たな出会いをする

 アレックスが開けた扉の先は、壁際に置かれた大きめのベッドと、小型の香炉が乗せられたベッド脇のサイドテーブルしかない空虚な空間だった。


「あら、その香りはアレックスね!来てくれて嬉しいわ!」


 そのベッドの上にかけられた布団がモゾモゾと動き、弾んだ声が生み出された。


「カテリーナさん、こんばんは」


 部屋の扉を閉めたアレックスが返事をする。呼び名とその声からして、ベッドに居るのは女性だろう。


「後は……知らない香りの人、初めまして。私はカテリーナといいます」


「……ゲオルグさんの事です。挨拶を返してあげてください」


 小声で訴えたアレックスの要望に応えて、


「ゲオルグといいます。カテリーナさん、初めまして」


 と言葉を返した。


「ゲオルグさんですか。とても良い名前ですね。この通り、ベッドから起き上がれない身ですが、今後もよろしくおねがいします」


 この通りと言われても、俺は立ち止まったアレックスに上着を掴まれているおかげで、部屋の入口から一歩も動けていない。


 ベッドから落ちないようにする為か、ベッドの端には衝立が設けられていて、この位置からではベッドの様子はあまり分からなかった。


「あの「カテリーナさん、今日は私達以外に誰か来ましたか?」」


 話しかけようとした俺の服をアレックスが強く引っ張る。黙っていろという合図だろうか。


「グレーテが弟さんとその友達を連れて来たわよ。ちょっとだけお話したわ。後はお父様が、知らない人を何人か連れて来たけど、そっちは何も」


 弟とその友達って事は、アントンさんとヘルミーナさんだろうか。


「それは何時頃でしたか?」


「んー。お父様が人を連れて来たのは昼食と夕食の間くらいね。グレーテはいつもの時間よ」


「そうですか。ありがとうございます」


「ふふっ。アレックスから質問されるなんて珍しいから、私は嬉しいわ。いつもは私が外の様子を尋ねたり、お香について質問するばかりだものね」


 カテリーナさんは楽しそうに笑っていたが、「そういえば」と前置きをして声調を変えた。


「お香といえば、お父様が連れて来た人達は酷く不快な臭いを纏っていたわ。お父様のお客様だから我慢したけど、暫く部屋に残っていて本当に嫌だった。だからグレーテに強めのお香を焚いてもらったの」


「そうでしたか。今はその臭いは残っていないようですが……気分転換の為に、別のお香を焚きましょうか?」


「そうね。お願いするわ」


 アレックスは1度強めに俺の服を引っ張ると、その手を離して1人でサイドテーブルへ向かった。黙って此処にいろ、という指示だと理解して、俺はアレックスの行動を目で追った。


 サイドテーブルに到達したアレックスは香炉を弄ると、天井に向けて右手を翳した。


 アレックスの手の先には、格子の付いた四角い穴があった。おそらくは通気孔だろう。


 穴を注視していると、自分の髪がふわっと浮き上がるのを感じた。


 室内に溜まっていた甘い空気が、アレックスの風魔法で動き出したのだ。


 甘い香りが薄れていくと、少しだけ不快な臭いが鼻を刺した。


 俺にも分かる臭いだ。アレックスはもっと敏感に感じ取っているだろう。しかしアレックスはさして気にした様子もなく、左手で上着のポケットを弄り、小さくて平たい木箱を取り出していた。


 一旦風魔法を止めたアレックスは再び香炉を操作し、それを終えると風魔法を再開させた。


 甘い香りとも不快な臭いとも違う、木の香りが部屋に広がり始める。なんとなく、懐かしく思う香りだった。


「良い香りね。ゼダーのお香とは少し違うみたいだけど、こっちの方が好きかも」


「それは良かったです。最近商会で取り扱うようになった舶来品なんですよ。お香の名前はジェダーと言います。ゼダーの一種と思ってください」


 ゼダーとジェダー。紛らわしすぎて、俺なら確実に間違えるな。


「海の向こうの大陸に自生する香木で、向こうでは建材にも使われてるらしく、その木で建てた家は本当に良い香りがすると……」


 お香の話をし始めたアレックスは、先程までより元気を取り戻したようだ。


「使い方は今までの物と同じなので、司祭様やグレーテさんでも扱えるはずです。引き出しに名前を書いて入れておくので、使ってください」


「うん、ありがとう。これで楽しみが1つ増えたわ」


 カテリーナさんの声色は本当に嬉しそうだった。


「今日はこのお香を置きに来ただけなので、そろそろ帰りますね。遅くなり過ぎると、若旦那に叱られます」


「それは残念。もっとお話ししたかったわ。勿論、ゲオルグさんとも」


 急に名前を呼ばれて戸惑っていた俺に、遠くのアレックスが口をパクパクさせる仕草を送って来た。


 何か喋ろって事で、いいんだよな?


「また今度、時間が有る時にお邪魔させて頂きますよ」


「そうね……時間は、沢山有るわよね」


 先程まで弾んでいたカテリーナさんの声は調子を落とし、その脇に立つアレックスは両頬をパンパンに膨らませて不満を顕にしていた。


 どうやら俺はカテリーナさんにかける言葉を間違えたらしい。


 いやいや、正解なんて分かんないよ。

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