第47話 俺はアレックスの疑念を晴らそうとする
人懐っこい明るさで会話を楽しんでいたアレックスだったが、姉さんの名前を聞いた途端にその表情を暗くした。
「お香を嗜む方に悪い人はいないと思いますが、いったいどういう理由で、そんな事を聞くのでしょうか?」
「驚かせてしまって申し訳ありません。実は私達も、フリーグ家の人間でして。私は、フリーグ家の執事、ルトガーと申します。こちらは、ゲオルグ様。アリー様の弟です。私達は、アリー様を行方を探しに来ました」
「ゲオルグ・フリーグです。よろしくね」
ルトガーさんの紹介に合わせて、俺はアレックスの不信感を払拭するために、出来うる限りの笑顔を作って爽やかに挨拶をした。
つもりだったけど。
「はぁ。確かに弟さんがいるとは聞いていましたが……」
何故かアレックスは不信の色を強めている。
「私が聞いていた印象とはだいぶ違うので……本当にアリーさんの弟さん、ですか?」
先程までのハキハキとしたアレックスとは別人のような、探り探りの話し方である。いったい何がそんなに不信なのか。
「ええっと、姉さんからは、どんな風に聞いてたのかな?」
俺はめげずに笑顔を維持する。
「とても格好良くて、強くて、優しくて、頭の良い弟だと……うーーーん」
うーーーん。唸り声を上げるアレックスに、俺も同じ反応を返してしまった。
どういう話をしてるんだ姉さんは。その評価は嬉しいけど、その話を信じているアレックスの疑いを晴らすのは難しいぞ。
「そうですね。アリー様のその批評は概ね間違っていないかと思いますが」
ルトガーさんが悪乗りした。いいえ、間違いだらけです。
「格好良さと優しさは個人の主観が介在しますので証明は難しいですが」
個人の主観、良い言葉だね。
「ゲオルグ様は先日行われた学内武闘大会において、1年生の個人戦で2位でした。同学年の中では強い方だ、と言えるのではないでしょうか」
「うーーーん。でも、アリーさんは去年優勝したと嬉しそうに言っていました。そのアリーさんが強いと評する人が、2位では……」
2位では駄目らしい。これでも頑張ったんだけど、手厳しいなぁ。
「では頭の良さですが、ゲオルグ様はこれまで誰も作っていなかった新しい魔導具を数多く制作されています。新しい発想に到れるゲオルグ様は、頭が良いと言っても過言ではないでしょう」
「うーーーん。でも、アリーさんも色々と魔導具を作ってますし……」
困ったね。どうやらアレックスは、こちらを信用する気が全く無いっぽい。
「すみません。倉庫の片付けをしなければならないので、そろそろ……」
「ああ、そうでしたね。お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
慇懃に一礼したルトガーさんに背中を押されて倉庫から立ち去ると、アレックスは倉庫の扉を閉めて、閉じ籠もってしまった。
姉さんの事、手紙を幸甚旅店に運んだ件、休怠香について、アレックスに聞きたい話は色々と有ったのに、何1つ聞けなかった。
せっかく高い香炉やお香を買ったのに意味無かったね。
「お香は個人的に楽しむので構いませんが、坊ちゃまの良さを理解されなかったのは残念です」
もうその話はいいから。
で、これからどうする?幸甚旅店に戻ってマリーと合流する?
「少しこの場に留まって、アレックスさんの様子を見ましょう。何かを隠しているのは明らかですから、もしかしたら行動を起こすかもしれません」
ルトガーさんの飛行魔法で倉庫の屋根に登ること数分。
通りをキョロキョロと見回しながら、アレックスは倉庫の戸口から出て来た。
明らかに警戒心を強めているアレックスは、そのまま真っすぐ商会へ戻らず、通りを足早に進んで行く。
アレックスに気取られないよう、俺達は空の上からゆっくりと追いかけた。
アレックスは周囲を気にしながら、マギー様の教会に入って行った。
俺達がザシャさんと一緒に訪れた時よりも、教会は更に静まり返っている。
アレックスの軽い足音が教会内を支配する。俺達は飛行を続けながらその後を追っている。
アレックスは礼拝堂に入ると、中央の巨大なマギー様の像へ向かった。
司祭やシスターも居なくなった礼拝堂。
ロングスカートで足元を隠しているマギー様の像の一角へ進んだアレックスは、徐ろにその像を叩いた。
コッコッコッコッ。
少し甲高い音が4回。
その場で立ち尽くすアレックス。それを見守る俺達。
数秒後、ズズズッと重たい音を奏でながら、マギー様のロングスカートの一部が内側に向かって動いた。
大人が腰を折れば通れるくらいの長方形の空間がスカートに出来、アレックスはそこに入ろうとして、
「アレックスさん、それはなんですか?」
飛び出したルトガーさんにその腕を掴まれた。




