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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第46話 俺は女の子の香りを嗅いでしまう

「アレックス!配達が終わったのならさっさと倉庫の片付けをしとけ!明日はエルツからの荷物が届くんだからな!」


 ドゥフト商会の店内に、壮年男性の苛ついた声が拡散する。


 客は俺達以外にはいないみたいだけど、大声で従業員に指示を出すのはあんまり良くない行動だよね。彼を苛つかせた原因は、たぶん俺達だけど。


「はい!……なんか機嫌悪いですね。お腹でも痛いんですか?」


 アレックスと呼ばれた女の子の心配そうな声を聞いて、男性は一瞬言葉を詰まらせた。


「無駄口叩いてないで、さっさと働け。夕食に間に合わなくなっても知らんぞ」


「はーい、いってきまーす!」


 アレックスは溌剌とした声を残して、店の奥へと駆けて行った。


「お客さん……ちょっとこっちに……」


 可能な限りに声量を落とした中年女性が、俺達を手招きする。


 中年女性は壮年男性の目を盗み、足音を消しながら先導し、店舗の奥にある裏口の前で足を止めると、


「ここを出た先の正面に有る建物が私達の倉庫です。うちの商品を3つほどご購入頂けるなら、ご案内しますよ。何か買ってもらわないと、あの子が煩いのでね」


 朗らかな笑顔を作って、ルトガーさんに交渉を持ちかけた。




「アレックス、ちょっといいかい?」


「はーい、すぐ行きまーす!」


 倉庫の扉を開けた中年女性が中に向かって声を掛けると、アレックスの元気な声が返って来た。


 その声と同時に、倉庫内に溜まった空気も漏れ出して来る。


 すっと気分が晴れるような、爽やかな香りを含んだ空気だった。


「おまたせしました!」


 パタパタと戸口まで走って来たアレックスは、その爽やかな香りを全身に纏っている。


 少し古めかしいが綺麗に洗濯されている仕事着や、頭頂部で団子状に纏めている明るい茶色の髪にも、その香りは付着していた。


「ゲオルグ様、女性の香りを熱心に嗅ぎ過ぎるのは、失礼ですよ」


 ルトガーさんに小声で指摘されてハッと気が付き、俺は1歩後に下がった。


 アレックスは俺の嗅ぎ行動に気付いていなかったようで、キョトンとした顔をしていた。


「アレックス。このお客さんがアレックスと話したいみたいだから、ちょっとだけ相手をしてあげて。割と高い香炉とお香をお買い上げ頂いたから、しっかりね」


「あ!そうなんですか!お買い上げ、ありがとうございます!」


 アレックスはルトガーさんが持つ荷物に目を向けた後、可愛らしい笑顔でペコリと頭を下げた。


「じゃあ、私は店に戻るから。お客さん、今後ともご贔屓に」


「ええ、よろしくおねがいします」


 こちらも笑顔でルトガーさんに会釈して、中年女性は踵を返した。


「お客さんもお香好きなんですか?」


「ええ、嗜む程度ですが。細工が気に入った香炉と、初めて見るお香を2種類買わせて頂きました」


「良いですよね、お香!香り1つで気持ちを落ちつかせたり、昂らせたりも出来ます!例えば、昂然香なんかは仕事を始める前に……」


 アレックスは興奮気味に話している。お香や香水の話をするのが本当に好きなようだ。


「なるほど、面白いですね。ところで、長年生きて来てその名を聞いた事の無いお香が、お店には複数有りましたが」


「そうなんです!実は旦那様が新しい仕入先を開拓しまして……お客さんが知らないお香は、恐らく舶来品です!」


「舶来?つまり、別の大陸から運ばれて来た物ですか」


「はい!春先に到着した東方伯様の船が、珍しいお香を運んで来まして、旦那様がそれを買い付けたんです。それで、『儂自ら乗り込んで、もっと面白いお香を選んで来るぞ!』と、旦那様は今、その船に乗っています。私も行きたかったんですけど」


 えっ、それって。


「なるほど。その機会に恵まれるといいですね」


「はい!ありがとうございます!」


「ところで、休怠香というお香を知っていますか?有れば少し欲しかったのですが」


 俺の頭に浮かんだ考えを完璧に掬い取ったルトガーさんが話を変えた。


「ああ、それは残念でしたね。休怠香は入荷してすぐに、常連のお客さんが買い占めていかれまして。アレは気分が落ち着く良いお香でした」


「嗅いだことがありましたか」


「はい。旦那様の指示で、販売する商品は全て事前に使用して、その使用感を体験するようにしています」


「なるほど。実は最近眠りが浅くて、休怠香が有ればぐっすり寝られるとの噂を聞いて欲しくなったのですが」


「そうなんですか。確かにアレは少量でも眠りに誘われる感じは有りました。では、別のお香をオススメしますよ!休怠香よりも、眠りに効果的なお香が有りますから!」


「そうですか、ありがとうございます。それとももう1つ、こちらが本題なのですが」


「はい、何でしょうか?」


「フリーグ家のアレクサンドラ様とは面識が有りますか?」


「有りますけど……どうしてそんな事を聞くんですか?」


 ルトガーさんが口にした姉さんの名前は、アレックスの笑顔を打ち消してしまった。

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