第43話 俺達は姉さんの行動を知る
「もうゲオルグ様に見つかってしまったのかい?それはアリー様が残念がるね」
幸甚旅店の厨房から食堂にやって来て俺の名を呼んだのは、マリーの母親であるマルテだった。マルテはその笑顔をザシャさんに向けている。
「ははは、アリーちゃんとは別件でここに来たみたいですけどね。マルテさんは、もう夕食の仕込みは終わったんですか?」
「まあね、あとは汁物を煮込むだけださ。ゲオルグ様達も食べて行きますか?」
姉さんが紹介した料理人とはマルテの事だったのか。
「あいにく唐揚げは用意していませんが、今日はクリームドリアを用意してます。それもお好きでしょ?」
クリームドリアかぁ、悪くないね。
「では夕食の前にやる事を済ませてしまいましょう。ザシャさん、従業員の方々を紹介して頂けますか?」
ルトガーさんが話を戻す。
「ああ、じゃあ手が空いてる人を呼んでくるよ。マルテさん、ルトガーさん達が話を聞きたいそうなので、うちの料理人達を呼んで来て頂けますか?」
「ふーん。火の番をしてもらってるから、交代でいいね?」
「ええ、お願いします」
ザシャさんが立ち上がり、食堂を出て行く。マルテも厨房へ戻って行った。
「久しぶりにマルテと会ったのに、声を掛けなくて良かったの?」
俺は隣のマリーに目を向ける。マリーはずっと黙って事の成り行きを見守っていた。
「私が入院した時にも王都に戻って来なかった母ですからね。まあ私の元気な姿は視界に入っているでしょうし、それで良いんじゃないですか?」
「そういうもの?2人がそれでいいなら、俺もいいんだけどさ」
うーん。2人の仲が悪いわけじゃないはずだけど、ちょっと冷めてるよね。
「今はそれよりも大事な事が有りますから」
マリーはその言葉を最後に、再び二枚貝のように口を閉ざした。
「なるほど。エーデに手紙を届けに来た子供について、アリー様は色々と聞いていたんですね」
「はい、容貌や口調などを色々と」
「私にもその内容を聞かせてください」
「ええっと、服装は古めかしいけど、小綺麗にしていて……」
幸甚旅店に努めている従業員の男性が、ルトガーさんの質問に応えている。
「口調は凄く丁寧でした。あと、教会の礼拝で使われるお香に良く似た匂いがしました」
「なるほど。その情報は警備隊にも話しましたか?」
「話してません。以前色々あって、警備隊は嫌いなんです。この前来た警備隊の人達には関係無い話ですけど、協力する気にはなれなくて……すみません」
「いえいえ、話してくださってありがとうございます」
「……お礼ならアリーちゃんに言ってあげてください。アリーちゃんがこの宿屋を立て直す策を講じてくれなかったら、僕も話す事は無かったと思うので」
「はい、そのようにします」
従業員の男性は少しぎこちない笑顔を作って仕事に戻って行った。
従業員の皆さんから話を聞いた結果、昨晩の姉さんの動きを概ね把握出来た。
まず、アンナさんと一緒に幸甚旅店へやって来た姉さんは、ルッツやその家族と面会した。
そこで姉さんは、新作の料理は教えられないが、醤油や味噌が無くても出来る美味しい料理を教える、と約束する。
姉さんから料理を習いたがっていたルッツは歓喜したらしい。
お父さんは半信半疑で姉さんに料理を作らせてみた。
姉さんは王都に広く普及し始めた米を買って来て、炒飯を作ったらしい。いつのまに覚えたんだろうか。
フリーグ家が祭りの屋台で出していた焼きおにぎりでしか米を食べた事が無かった皆は大変満足した、と料理人達が話してくれた。
そしてその晩、姉さんが教えた炒飯を提供し、普段は他所へ夕食を食べに行く泊まり客にも大好評だった。勿論、炒飯以外にも酒のツマミになるような料理を教えたらしい。
姉さんが料理人達と共に頑張っている間に、アンナさんは1度フリーグ邸に帰って父さんと話し、そのまま王都を出て村へ飛んで行き、マルテに事情を説明した。マルテは村での仕事を調整し、翌朝からここに来て朝食作りを手伝ったそうだ。
で、夕食時が終わってから姉さんは従業員と話し、手紙を持って来た子供の情報を得た訳だ。
そして姉さんは、話を聞き終えた後にアンナさんと外出し、1時間もしないうちに戻って来た、と。
教会の礼拝で使われるお香の匂い、か。
礼拝には行った事無いけど、姉さんはそれで何か閃いたんだろう。
教会に行ったのか、お香を取り扱っている商会に行ったのか。話を聞き終えた頃には深夜になっていただろうに。
「ではゲオルグ様、アントン君の実家に向かいましょう」
全ての従業員から話を聞き終えた後、ルッツのお父さんと話しに行っていたルトガーさんが戻って来た。ザシャさんを借りる許可を得て来たらしい。
「ついでに教会と、その近くに有る商会も覗く事にしましょうか」
そうか。アントンさんの家は教会の近くだって話だったな。
案外ヘルミーナさん達は教会に逃げ込んでいたりして。
そんな淡い期待を抱えながら、俺達は幸甚旅店から飛び立った。




