第42話 俺はザシャさんの話を聞く
ルトガーさんが間に入る事で、ルッツのお父さんはなんとか落ち着きを取り戻した。娘さんの事で熱くなるのはどの父親も同じらしい。
「フリーグ家の方々の前で見苦しい姿を見せてしまいました。申し訳ありません」
お父さんが深々と頭を下げる。娘のザシャさんは肩を竦めて憮然とした態度だ。
「いえいえ、お気になさらず」
ルトガーさんは優しい笑みを作ってお父さんに向けた。
「それで、ルッツ君やアリー様がどこで何をしているのかは、ご存知無いのですよね?」
「はい、お役に立てず、申し訳ありません」
もう1度、お父さんは頭を下げた。
「ではザシャさん。アントン君の事で少しお話を聞かせてください」
「えっ、私?」
父親の下げた頭を見下ろしていたザシャさんが素っ頓狂な声を上げる。
「他にアントン君の情報を持ってる方がいないので、よろしくお願いします」
「まあ、私は構わないけど。父さん、受付で立ち話もなんだから、みんなを食堂に連れて行くよ。宿の店番宜しく」
「あ、おい!」
引き留めようとするお父さんを振り切って、ザシャさんはスタスタと歩いて行った。
「ごめんね。父さんの前だとまた面倒な事になりそうだったからさ」
食堂のテーブル席に俺達を座らせたザシャさんが大きく溜息を吐いた。
「父さんが迷惑かけたお詫びに紅茶くらいなら出すけど?」
「いえ、お気になさらず。それよりもアントン君の話をお願いします」
「はいはい。じゃあ、何から話そうか」
厨房に向かおうとしていたザシャさんだったが、ルトガーさんと対面する席に腰を下ろした。
「アントン君は、友人の弟、と仰っていましたよね」
「そうだね。私と同級生だったグレーテって子の弟。歳は3つ下。あっ、名前で分かると思うけど、グレーテは女性ね」
「アントン君とグレーテさんは、王都出身ですか?」
「そうだよ」
「お2人の御両親は、どのような仕事をなさってますか?」
「さあ。うちみたいな自営業じゃなくて、どっかで雇われてるって話だったと思うけど」
「そうですか……グレーテさんのお仕事は?」
「……」
ザシャさんは、口を閉ざしている。
「知らない、事は無いですよね?」
「どっかで雇われて働いてる。どこだったかは、忘れた」
「そうですか。では、アントン君のご実家の場所はご存知ですか?」
「知ってる。教会の近く」
この宿屋は王都を囲む壁に開けられた東門に近い場所に有る。それに対して、教会は南門の近くだ。歩いて行くには割と離れている。
「案内して頂く事は出来ますか?」
「往復すると夕食の時間を過ぎちゃうから、ダメだね。こっちも仕事なもんで」
「時間に関しては、飛行魔法で飛んで行くので問題ありません。案内して頂けるなら、報酬もある程度出します」
「ふーん。まあ、宿を離れるなら父さんと相談かな。勝手に抜け出すのは、流石にね」
「では後ほど交渉致しましょう」
「金を出すって話なら、父さんも嫌とは言わないと思うけどね。ほら、うちもそれなりに貧乏だからさ」
ザシャさんは笑っている。貧乏なのは気にかけていないようだ。
「まあ、貧乏なのもそろそろ終わり。今晩もきっと忙しくなる。だから、絶対に夕食までには帰るからね。まだ従業員を増やせるほど利益が上がってるわけじゃないんだから」
「かしこまりました。では話を変えますが、今朝アントン君がこの宿屋に居た理由はご存知ですか?」
「いや、聞いてない。私も朝会ってびっくりしたんだ。アリーちゃんが呼んだ、って言ってたけど、何で呼んだのかは教えてくれなかった」
特に言い淀む事も無く、ザシャさんはすらっと否定した。
「そうですか。では、アリー様が昨日からここで何をしていたか、教えて頂けませんか?」
「えっ、ええっと」
今度はあからさまに言い淀む。
「言える範囲で構いませんよ。アリー様が秘密主義なのは、我々も良く知ってます」
「アリーちゃんは、家族にも秘密に?」
「ええ。その方が面白いから、と良く言ってます。アリー様が一晩帰らなかった事を心配して、今朝旦那様が此処を訪れましたよね?」
「あんたが旦那様っていうと、ああ、あの男前で気さくな男爵様ね。泊まり客に混じって朝食食べて行ったよ」
父さんが男前?
本当にその人は父さんか、疑問が残る批評ですな。
「で、話せる事は有りますか?」
「そうね。まあ、今朝男爵様にアリーちゃんの口から伝えた話だから大丈夫か。昨日はアリーちゃんとアンナさんが料理を作ってくれて、料理人を紹介してくれて、うちで元々雇っていた料理人を教育してくれたんだよ。弟の友達を助けるんだって、言ってたけど」
「なるほど。旦那様はその話を聞いてお怒りでしたか?」
「いや、特には。その後、父さんと何か喋ってたけど、私は聞いてない。多分、お金の話だと思うけどね」
「で、アリー様がアントン君を呼んだ理由は分からない、と」
「そうだね。全く分からない」
「他に何か、アリー様について話せる事は有りませんか?」
「んー。でも料理とアントンの件以外には、実は何もないんだよなぁ……あとは他の従業員に聞いてみたら?たぶんアリーちゃんは昨日宿に居た全員と話してるはずだから」
「なるほど……」
ルトガーさんがそう応えたところで、
「おや?ゲオルグ様?」
と、食堂から厨房へ続く通路方面から声が届いた。




