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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第39話 俺はイルヴァさんの記憶を聞き終える

「こ、この倉庫には、大事な商品が……」


 学生さんに再び反発した副商会長でしたが、右腕を振り上げた学生さんを見て及び腰になってしまいました。


「これから僕と手を組むんだから、古い商品は要らないでしょ?」


 学生さんは振り上げた右腕を、倉庫脇に積まれた木箱の側面へ、叩きつけました。


「わっ!ちょ!」


 副商会長は慌てた様子で、殴られて側面に穴が空いた木箱を開け、中を見聞し始めました。


「ヴァルラム氏の皿が!こっちも!無事な皿はこれと、これと……」


 木箱には陶器製の皿が仕舞われていましたが、何枚かは縁が欠けてしまったようです。


「だから、そんな商品はもう必要無いでしょ?」


 イラッとした雰囲気を隠さない学生さんの右拳からは、ポタポタと血が滴り落ちていました。


「失礼致します」


 香炉を床に設置した従者が、学生さんの右手の血を布で拭き取り、新しい別の布を宛てがって止血しました。床に落ちた血もさっと拭いて、汚れた布は倉庫の外へ持って行きました。


 香炉からは、甘い香りが広がり続けています。甘いお菓子を連想して、少しだけお腹が空いて来ました。


「ねえ、副商会長殿。ここの商品、どうするつもり?」


「ど、どうって。売るんですよ……」


 欠けた皿をローマンに渡して何かの指示を出していた副商会長は、意気消沈して答えました。ローマンは皿を抱えて倉庫を出ています。


「ふーん。まあそれならそれでいいけどさ。今後は僕が選んだ商品を此処に運ぶんだから、さっさと開けてよね」


「し、しかし、今後もエルツから商品を運ぶ予定ですし……」


「えー!今後もエルツと取引するつもりだったの!?」


 学生さんが急に大声を上げましたが、アムレット商会の面々は特に反応せず、落ち着いた様子でした。


「商会長を裏切ってその座を奪い取った人物を、エルツの人達が信じるとは思わないけどなぁ。特に、南方伯なんかは」


「はぁ。そうでしょうか」


 学生さんの言葉の意味が分かっていないのか、副商会長は覇気の無い返事をしました。


「まっ、その話はまた今度にしよう。今の副商会長では、大事な判断は出来ないだろうしね」


「はぁ」


 副商会長は虚ろな目で、学生さんを見続けています。


「ところでイルヴァ。聞きたい事が2つあるんだけどね?」


 数分ぶりにこちらへ意識を向けた学生さんは、副商会長に苛ついていた事を忘れたかのように、笑顔でした。


「この香炉の香り、どう思う?」


 学生さんは大きく深呼吸して、扉は大きく開いたままですが、乾燥した倉庫内に充満しつつある甘い香りを吸い込みました。


「砂糖をたっぷり使った焼き菓子を連想させて、お腹が空く香りだと思います」


 思ったままの意見を述べると、学生さんは興味深そうに「なるほどね」と声を上げました。


「眠くなったり、気怠くなったりはせずに、お腹が空くんだね?」


「ええ。眠くなったり、気怠くなったりはせずに、お腹が空くんです」


「へー、面白いね」


 何が面白いのか全く分かりませんが、学生さんの笑顔は今日1番のモノでした。


「で、もう1つの聞きたい事なんだけどさ。さっきから使ってるその魔法を維持しながら」


 学生さんがゆっくりと左人差し指を倉庫の天井へ向けました。


「どのくらいの時間、斬り合いに耐えられるのかな?」


 従者の1人が抜き身の剣を私の足元に放り投げ、他の3名が鞘から白光りする刃を抜き放ちました。




「ほらほら、こっちは3人がかりだよ!魔法を止めてこっちに集中しないと死んじゃうよ!」


 倉庫の扉の向こう側から、学生さんが声を張りました。


 その隣には1人の従者と、視点が定まらない様子の副商会長が居ます。


「その3人の事は遠慮しないでいいから、斬り殺すつもりで!ほら、頑張って!」


 試合を観戦するような雰囲気で、学生さんが私に向かって声援を飛ばして来ます。


 倉庫内に居るのは、私以外に3名。学生さんに付き従っていた4人のうちの3人です。


 3名は片手で剣を構え、功を争うように、私に斬り掛かって来ます。何故か、魔法は使って来ませんでした。


「うっ」


 私の死角を狙った1人の剣が、私の左脹脛を切り裂きました。斬られた傷は浅かったようですが、生暖かい液体が足先まで蔦って行ったのを覚えています。


「あー!ほら、反撃して!先ずは1人仕留めて、数を減らさないと!」


 学生さんの声援を聞きながら、私は精一杯体を動かしました。


 この場から脱出する機会を窺いつつ、壁際に積まれた荷物を背にしながら剣を振るい、魔法の完成を待ちましたが。




「私の記憶はそこで途絶えています。血を流し過ぎて倒れたのでしょうか」


 イルヴァさんはギュッと目を瞑って、再度記憶を反芻した。


「どうやら雲は完成しなかったようですが、ゲオルグ君に見つけてもらえて助かりました。ありがとうございます」


 再び目を開けたイルヴァさんは、穏やかな笑みを作っている。

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