第36話 俺は3人組が知り合いだと確信する
「アレが例の倉庫です」
人通りの無い通りの角から少年が指し示したそれは、煉瓦造りの武骨な倉庫でした。
その倉庫の大きな扉の前に、数人が屯しています。大人の男達に混ざって、後ろ手に縛られている女の子の姿が確認出来ました。女の子の隣にはホラーツも居ます。
「あの大人達は、アムレット商会の関係者か?」
「おそらくは。アムレット商会の副商会長も居ますので」
少年が副商会長の見た目を口にしました。どうやら副商会長はホラーツと少し離れた位置で、別の男性と会話しているようです。
「ゲルト、向こうの話し声は聞こえるか?」
獣人族は人族や魚人族よりも五感に優れているといいます。ゲラルトさんは、それを期待したのでしょう。
「流石に離れ過ぎだ。だが、通りの向こうから風を送れば、なんとかなるかもしれん。ヘンリック、頼む」
「分かった」
ヘンリックと呼ばれた警備管理部の男性が、来た道を戻って1つ先の角を曲がりました。別の通りから倉庫の向こう側へ回り込む算段のようです。
「あの倉庫内に、ヘルミーナは居るのか?」
ゲラルトさんの問いに対して、少年は首を横に振りました。
「分かりません。逃げ場所として事前に決めてはいましたが、実際に倉庫へ行くかはアントンさんの判断次第でした」
「なるほど」
副商会長に目を付けられているのなら、副商会長が全く知らない場所を隠れ場所にした方が良かったんじゃないでしょうか。
そんな疑問を口にしようとしたら、ゲルトさんに「静かにしろ」と止められました。
「風に乗って声が流れて来た。倉庫の鍵が見つからないから、錠前を壊すらしいぞ」
獣人族の聴覚が発達しているのは本当のようです。私には全く聞こえません。
「ヘルミーナが盗ったのか?」
もしくは、アントンさんでしょうか。
「誰かは分からんが、商会の奥まで入れる従業員なら誰でも鍵に触れられるようだな。副商会長が随分とお怒りだ」
「あの倉庫は中から鍵を閉められないようなので、ヘルミーナさんが中に居るのならば、鍵は別の場所でしょう」
「なるほどな」
「扉が開くぞ」
倉庫の大きな鉄扉が、ずずずと重そうな音を立てて横に開きました。
待機していた大人達が中に入ります。
副商会長はホラーツや女の子と共に、外で待機するようです。
「目視出来る場所には居なかったようだ。これから倉庫内を隈無く探すらしいが……」
「が?」
「ホラーツはあの娘を連れてどこかへ向かうんだと。俺達はどうする?」
「僕はロジーネを追います」
少年が女の子の名を口にしました。
「よし、俺も行こう。イルヴァはゲルト達と一緒にここに残れ」
「しかし、私はゲラルトさんの」
「助けなきゃならん人物が2人居るんだから、こっちも二手に別れるべきだろ?もし俺達がこの場から居なくなったとして、ゲルト達にヘルミーナの顔が分かるのか?」
「いや、分からん」
ゲルトさんに続き、もう1人の警備管理部員も否定しました。
「でしたら、女の子の方をゲルトさんに任せましょう」
「俺達のせいでホラーツに捕まった娘の救出を、他人に任せるなんて出来ん!」
ゲラルトさんは声量を落としながらも、力強く、言葉に気迫を込めました。
「ホラーツ1人なら、俺1人でなんとでもなる。イルヴァはヘルミーナの方を頼む。もし倉庫内でヘルミーナが見つからなかったら、アムレット商会には関わらずに学校へ戻れ。もし見つかってどこかへ連れて行かれるのなら、こっそり尾行して、雲で場所を教えろ」
「ですが、私はゲラルトさんの監視役をマルセスさんから」
「現場の判断が最優先だろ。ホラーツが動き出したから、もう行くぞ」
倉庫の前に居たホラーツ達は通りの向こうに進むようです。
「分かった。ゲラルトの暴走は俺が一緒に行って止めてやる。ユルゲン、通りの向こうに行ったヘンリックを呼び寄せるから、ヘンリックの指示に従い、イルヴァと3人で対処してくれ。ただし、無理はするなよ」
「はい。何か危険な事が有れば、警備隊の詰所に逃げ込みます。ゲルトさんも無理はなさらぬように」
「うむ」
別の通りに向かって既に走り出していたゲラルトさん達を、ゲルトさんは追いかけて行きました。
「イルヴァさん。ちょっといいですか?」
ふたりきりなって暫く無言が続いた後、ユルゲンさんが口を開きました。
「はい、なんでしょうか。ええっと、ユルゲンさん、でしたよね」
「ええ、2年のユルゲンです。僕の顔、覚えていませんか?」
「あっ、同級生でしたか。ええっと、すみません。どこかでお会いしたような気もしますが」
ゲラルトさん並に背が高く、ゲラルトさんよりはやや細身な人族の男性。私の記憶には無い顔が、穏やかな笑みを作っています。
「私は何度も会って話をしないと、なかなか人族の顔を覚える事が出来ないんです。申し訳ありません」
「そうですか。僕は貴女の顔をしっかり覚えていますよ」
穏やかだった表情が一変して、眉が釣り上がり、眉間に皺がより、黒茶色の両瞳には不穏な色が浮かび上がりました。
「なにせ2年連続で、貴女に!しかも毎年、決勝で!」
怒号を上げたユルゲンさんは、その大きな両手で私の胸を力いっぱい突き飛ばしました。




