第33話 俺はイルヴァさんを落ち着かせる
「ふぅ。ようやく落ち着きました。ありがとうございます」
少し膨れた自分のお腹を撫でながら、イルヴァさんは穏やかな笑みを湛えている。
数時間ぶりに目覚めたイルヴァさんは、なにかの競技に参加しているのかと疑うほどの勢いで、食べに食べた。
出血と回復魔法の魔導具で失った栄養分の補給は補水液と栄養剤を口にするだけで十分なわけだが、イルヴァさんの食欲はその程度では収まらない。
生憎手持ちの食料は倉庫に保管している非常食のクッキーやジャムしかなかったが、リュックからそれを取り出すと、悲しそうな顔で腹の虫を鳴らしていたイルヴァさんは目を輝かせた。
少し硬めに焼いたクッキーが、数種類のジャムと共に、次々とイルヴァさんの口腔内に消えていく。
1人前……2人前……3人前……どんどん無くなっていく倉庫の在庫。イルヴァさんが元気になったのは良かったけど、後でちゃんと補充しておかないとな……。
そんなこんなでイルヴァさんは空腹を満たし、満足そうにお腹を擦っているのだ。
「ところで、ゲオルグ君。ここは何処でしょうか?」
満腹になって気持ちに余裕が出て来たイルヴァさんが、周囲の様子を観察しながら聞いて来た。
「ここは、王都内に有る診療所です。アムレット商会の倉庫内で、血だらけで倒れているイルヴァさんを見つけて、俺達がここに運びました」
「そうだったんですか、ありがとうございます」
ベッドの上で頭を下げたイルヴァさんは、空腹が満ちて生まれた笑みから不安げな雰囲気へと表情を変えた。
「ヘルミーナさんは、一緒でしたか?」
「いえ、倉庫には居なかったようです」
「そうですか……」
アムレット商会の取り調べを行った警備隊によると、早朝学校へ向かって家を出て以来、ヘルミーナさんの行方は誰も知らないらしい。勿論、本日王都に着いたばかりの商会長もそれは知らない。
そして、副商会長の行方も不明だとか。
「イルヴァさんは、どうしてあの倉庫に居たんですか?」
「ええっと、ちょっと待ってくださいね」
俺が質問すると、イルヴァさんは目を瞑って記憶を整理し始めた。
「一応、ニコル先生に伝えて来ますね」
マリーがイルヴァさんの思考の邪魔をしないように、小声で耳打ちして来る。
「いや、目が覚めたのならさっさと出て行って、とか言われそうだから、話を聞き終わるまで待とう」
「わかりました」
俺達は密談を早々に切り上げ、イルヴァさんが再び口を開くのを待った。
「私は、マルセスさんの指示でゲラルトさんと行動を共にしていました」
数分後、イルヴァさんが語り始めた。
「ゲラルトさんは校舎内の捜索から始めました。食品管理部の拠点がある校舎を調べ終えると、別の校舎を。そして更に別の校舎へ。そこの校舎の屋上で、私達はヘルミーナさんと出逢いました」
そうか、ヘルミーナさんは校内に居たのか。取り敢えず、今まで全く行方が分からなかったヘルミーナさんの、行動の一端が知れて良かった。
「おいアントン。こんな場所で何やってんだ?」
イルヴァさんが急に声色を変えた。低音で、相手を威嚇するような口調だ。
「ヘルミーナさんと対面していた男子に、ゲラルトさんが話しかけました。その者はアントンというそうです」
なるほど。さっきの変声はゲラルトさんの真似をしたかったのか。その声真似が似ていたかどうかの発言は控えさせてもらおう。
「お前に話す事は何も無い。さっさとこの場から出て行け、ゲラルト」
「残念ながらそうはいかない。俺達はそこの、ヘルミーナに用が有るんだ。ヘルミーナ、アグネスが怒ってるぞ。仕事に戻ろう」
険しい口調を途中で一変し、優しく語りかけるように話した。
「ゲラルトさん、私は「ヘルミーナも、お前とは話したくないようだ」」
コロコロと器用に声を変えるなぁ。似ているかどうかはさておき。
「邪魔をするなアントン。お前達と違って、俺達は忙しいんだ。ヘルミーナに用事が有るなら、大会が終わってからにしろ」
「残念ながら、そうはいかない」
イルヴァさんは右手を大きく動かし、何かを引っ張って背中に隠すような動作をした。
「ゲラルト、背中には気をつけろ」
「あっ?……ぐわっ!」
後頭部を抑えたイルヴァさんが、前のめりに倒れる。うぐう、とうめき声を上げるのも忘れない。
「悪く思うなよゲラルト。ヘルミーナ、捕まれ!」
ガバっと起き上がったイルヴァさんは、何か抱えるように前方で腕を組み、顔を天井に向けて伸び上がった。
おそらくアントンがヘルミーナさんを抱え込んで、空に飛び上がったんだろう。人を抱えて飛べるなんて、割と優秀な魔法使いだな。
「そうして私達はヘルミーナさんを見失い、背後から襲って来た男女3人と屋上で対峙する事になったんです」
男女、3人?




