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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第29話 俺は急患を運び込む

「はぁ……また急患?」


 診療所前に馬車を停めた俺達から話を聞いたニコルさんは、少しうんざりした様子で溜息を吐いた。


 また、とは?


「そっちで治療したのなら、うちで寝かせておく必要は無いと思うけど。うちの病床数が少ないのは、ゲオルグも知ってるでしょ」


「はい、知ってますが……念の為にニコルさんの診察もお願いしたいんです。傷は治しましたが、まだ意識が戻らないので」


 出来るだけ神妙な顔を意識して、俺はニコルさんに頭を下げた。


「はぁ、まったくもう。じゃあさっさと運んで。正面口じゃなくて、裏口から運んでよ。他の患者さんがびっくりするから。ああ、それと、その変な顔は止めなさい」


 4人の様子を見る事なく、ニコルさんは診療所内へ戻って行った。


 ニコルさんの指示を受けた看護師さんに誘導され、俺達はイルヴァさん達4人を病室へ運ぶ。


 ニコルさんは何かにイライラしていたんだと思うが、変な顔と言われて、俺の心は少し傷ついた。




 病室には8台のベッドが壁際に別れて4つずつ並んでいた。


 入って右手前の2台と左手前の1台のベッドはカーテンが閉められていて、内側の様子が見えないようになっている。どうやらその3台は使用中らしい。


 奥の4台を使ってくださいという看護師さんの指示に従い、俺達は4人をベッドに寝かせて、ニコルさんを待った。


 待つ間、見習い医師のギゼラさんが病室に来て、4人の脈を測る等の身体検査を行った。


 検査を行いながら顔を顰めていたのは、おそらく4人の身体にこびり付いた悪臭の為だろう。


 荷馬車での移動中に臭いは少し和らいだが、それでもなお、顔を近づけると嗅ぎなれない臭いが鼻腔を刺激する。


 これが正確な表現かわからないが、鉄錆の臭いに焼き菓子の甘い香りが混ざったような、不可思議な臭いだ。


 馬車内で気持ち悪くなっていたマリーは、出来るだけ臭いを嗅がないようにと、離れて様子を窺っている。


「容態は安定してますね。ニコル先生は待合室に居る患者さんの診察を終えてから来るそうです」


 4人の検査を終えたギゼラさんは、カーテンの向こうに居る3名の様子も確認して病室を出て行った。




「おまたせ。まだ目覚めない?」


 ニコルさんがギゼラさんや看護師さん達を伴って病室にやって来た。


 診療所に着いて1時間は過ぎているだろうか。学校の方ではもう昼休みが終わっている頃かもしれない。


「発見時には既に意識が無かったのよね?」


 ニコルさんの問い掛けに是と答える。


「ギゼラの身体検査では『異臭はするが身体的異常は無し』との診断だったけど……これは!」


 イルヴァさんが寝ているベッドに近付いたニコルさんの表情が一瞬にして険しいモノへと変わった。


「すぐにベッドから出して身体を拭いて!着替えも!ベッドのシーツも全部交換!臭いが取れないなら捨ててもいい!」


 アムレット商会の商会長にも負けない怒声と勢いで、ニコルさんは次々に指示を飛ばした。それを受けて、ギゼラさんや看護師さんが慌ただしく動き出す。


「窓は全開、風魔法で換気して!カーテンは臭いが籠もるから禁止!」


「ゲオルグ様、我々はイルヴァさんの傍から離れましょう」


 ルトガーさんに手を引かれてイルヴァさんのベッドから離れ、警備隊員も一緒に病室の外へ出た。


 看護師さんも病室から出て、足早にどこかへ向かって行った。身体を拭く水や着替えを取りに行ったんだろうか。


「あの慌てよう。ニコル先生はあの臭いを知っているようですね。それの危険性までも」


 中年の警備隊員が口を開く。


 危険性、か。俺達もあの4人と暫く一緒に居たけど、大丈夫なんだろうか。それに、倉庫内を調べているだろうダミアンさん達も。


 廊下に出た全員が、自分達の身体や衣類に鼻を近付ける。僅かに臭いが移っているような気もした。


「一応風魔法で払っておきましょう」


 廊下にあった窓をルトガーさんが開け放つ。それと同時に、マリーが風魔法を使用した。


 飛行魔法で空を飛んでいた時の暴力的な風とは違う優しい風が、俺の身体を触って行く。


 少しの擽ったさを感じながら臭いが飛ばされるのを待っていると、水を張った木桶と布を持った看護師さんが廊下の向こうから戻って来た。




「はぁ、まさかアレをこの王都で見るとは思わなかったわ。これは私のミスね」


 ニコルさんが珍しく落ち込んだ様子で、ガックリと肩を落としている。


 バタバタと動き回っていた看護師さんは病室から居なくなり、代わりに俺達が病室に入って、ニコルさんと向かい合っている。ニコルさんの斜め後ろにはギゼラさんが神妙な面持ちで立っていた。


「面倒くさがらずに、到着した時に馬車の中を確認するべきだった。あの患者達を運んで来た馬車も、臭いが充満していたという倉庫も、綺麗に洗浄してください」


「はい、そのようにしますが、アレはなんの臭いなんでしょうか」


 中年の警備隊員が代表して質問した。


「アレは、断言は出来ないけど、『休怠香』と呼ばれる物だと思う」


「断言出来ない?」


「あの甘い臭いと、意識が戻らないという症状からの判断なので。現物を見れば、更に強く確信出来ると思うけど。そもそもアレの原料となる香木は、こっちの大陸には無かったはずなのよ。だから、似てるけど別の物かもしれない」


「なるほど……」


 こっちの大陸には無かったって言っちゃっていいのかな?


「休怠香という名前から察するに、臭いを嗅ぐと気怠くなるお香なのでしょうか?」


 中年の警備隊員が質問を続けた。


「ええ、休怠香単独では、頭がぼーっとして、ふわふわした心地になって気持ち良くなるくらいね。でも血の臭いと混ざると、何故か嗜眠効果が高まるのよ。その混ざった臭いを嗅ぎ続ける限り、全く目覚めなくなるほどに」


 つまり、出血した人間の傍にソレを置いておくと、そのまま永眠する、と。


「治療法は?」


「臭いを取り除く以外に知らない。呼吸と共に取り込まれた香り成分が代謝排出されるまで待つしかない、と思う」


「健康な人間がその混ざった臭いを嗅いでも、眠ってしまうのでしょうか」


「嗅ぎ過ぎれば」


「あの!」


 2人の会話を遮るようにして、マリーが手を上げた。


「私、その臭いを嗅いで気持ち悪くなったんですが、そういった効果も有るんでしょうか?」


 マリーの場合は馬車に揺られて酔った可能性も。


「気持ち悪くなる、は初耳ね。やっぱり別の物かも」


 思案顔になったニコルさんに、「最後にもう1つ」と中年の警備隊員が質問をぶつけた。


「こっちの大陸、というのはどういう意味でしょうか」

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