第28話 俺はダミアンさんの配慮に感謝する
救急だと叫ぶダミアンさんの声に引っ張られるようにして、俺は駆け出した。
すかさずルトガーさんが俺を追い越し、俺を守れるような位置取りで先行する。
横に並んだマリーはリュックから回復魔法の魔導具を複数取り出していて、何時でも治療に当たれる態勢だ。
「誰かこの状況を説明しろ!」
倉庫前に居る商会長から怒号が飛ぶ。先程ルトガーさんに向けていた優しい口調を維持する余裕は無くなっているようだ。
しかし誰もその問いに答えない。答えられる者がここには居ない。
すでに倉庫内に突入していた警備隊員が、口元を片手で覆いながら、内部に居た人を2人がかりで担ぎ出している。
ぐったりと頭を垂れた意識の無い男性が3名運び出された後、最後に運び出されたのはイルヴァさんだった。
倉庫前の小さな広場に布が敷かれ、そこにイルヴァさん達が寝かされる。
「意識無し。脈、呼吸、共に有るが弱い。不整脈、不整呼吸、共に無し。低体温。外傷は……」
イルヴァさんを運んで来た警備隊員の1人が、ダミアンさんに現状を報告する。他の人達を運んで来た警備隊員は既に報告を終えていた。
「後頭部、腹部、背部、右脚の裂傷および出血。ほか打撲傷多数」
「わかった。ゲオルグ君、こちらの魚人族の女性がイルヴァさんで間違いないね?他の3人は知り合いかな?」
ダミアンさんの質問に、「イルヴァさん以外は知りません」と答えた。
「イルヴァさんと一緒に校門を出た集団の中に、この3人は居なかったと記憶しています」
ルトガーさんも情報提供をし、マリーは首を横に振る。
そうこうしている間にも、イルヴァさんの下に敷かれた布に赤が染み出している。早く、治療を!
治療に動こうとする俺を制したダミアンさんは、ローマンさんを怒鳴りつけている商会長の前へ進み出た。
「こちらの3人の人族に、見覚えは有りますか?」
「ついさっき王都に到着したばかりの私が、知るはずもない!勿論、私について来た馬車の乗組員達もだ!」
「では、ローマンさんは?」
「わ、わ、私も、わかりません。ほ、ほ、他の従業員なら知っているかも……」
「そうですか。しかし、今は従業員を呼んで面通しをする時間は無さそうです。商会長、患者を病院へ運びたいので、馬車をお借りしたいのですが?」
「あ、ああ……おい!すぐに荷を下ろして、4人が寝られる空間を作れ!」
商会長が荷馬車の乗組員達に指示を飛ばす中、ダミアンさんが俺とルトガーさんに小声で話しかけて来る。
「部下と一緒に馬車へ乗り込んで、4人を治療してください。回復魔法の魔導具は、あまり人目につかない方がいいんですよね?」
「あっ。ご配慮ありがとうございます」
「いえいえ。行き先は、ニコル先生の診療所にしておきますね」
「重ね重ね、ありがとうございます」
ニコル先生なら回復魔法の魔導具の事を知っているから、何か有っても話を合わせてくれるだろう。ダミアンさんの配慮、本当に助かります。
その後、俺達は診療所へと向かう道中、イルヴァさんと見知らぬ男性3人の治療を行った。
イルヴァさんは重症だったが、他の3人もそれに負けず酷い怪我だった。
しかし、3人には受傷した箇所に布の切れ端が宛てがわれていて、止血しようとした形跡が有る。同行している警備隊員に確認したが、それは警備隊が行った止血行為では無いようだ。
つまり、誰かが3人を治療して倉庫から出て行った、のか?
イルヴァさんは仲間じゃないから治療もされずに放置されたとして、3人を倉庫に残して行った理由は?
怪我をした場所は倉庫内?それとも外で怪我をして、倉庫に放り込まれた?
駄目だ。4人の意識が戻らないと何も分からない、が。
「あの倉庫って、内側から鍵をかけられるんですか?」
俺はじっとしていられなくて、少しでも情報を得ようと警備隊員に質問した。
あの倉庫の鍵は、扉の外側に取り付けられた錠前によるもので、扉の内側から鍵を開ける事は出来ないらしい。
倉庫には窓が無く、扉の僅かな隙間から空気が出入りするような造りだ。
倉庫内に踏み込んだ警備隊員によると、倉庫の扉を開ける前から微妙な異臭を感じていたらしい。扉を開けると、それははっきり異臭だと知覚出来たとか。
血の匂いと、何かの香り。それが混ざって不快な臭いになったんだろう、と。その匂いは外に出た4人にもこびり付いている。
荷物が散乱した倉庫内の空間に、4人は倒れていた。拘束はされていなかったようだ。
見知らぬ3人は入口付近で川の字に並んで仰向けに横たわり、上から大きな布が被せられていた。その布は千切れていて、3人の傷に宛てられている布と、おそらく同じ物らしい。
イルヴァさんは入口から遠い位置で横向きに倒れ、血溜まりを作っていた。血は、倉庫内の至るところに飛び散っていたらしいが、全てイルヴァさんの血かどうかは分からない。
嗅ぎなれない匂いの発信源は、イルヴァさんの近くに置かれた香炉だった。
血と混ざったこの匂いは何なんだろう……。
「ゲオルグ様、この匂いで、少し気分が……」
馬車に弱いマリーが俺の考察を遮るように言葉を漏らした頃、俺達を乗せた馬車はニコルさんの診療所に到着した。




