第22話 俺はルトガーさんに護衛される
大会2日目の最後の仕事、食品管理部の夜会議を終えた俺は、姉さん、クロエさん、マリーと共に校門へ向かった。
校門ではアンナさんとルトガーさんが俺達を待っていた。
普段から姉さんの送迎をしているアンナさんはともかく、何故ルトガーさんが居るんだろう。俺の迎えじゃないよね?
「旦那様の指示で、護衛です」
あ、そうですか。ご苦労さまです。
ルトガーさんが態々護衛に出向いて来るという事は、エーデの件があまり進展しなかったんだな。俺が襲われる可能性がまだ有るんだろう。
「今日はこのまま真っ直ぐ帰宅して頂きます。宜しいですね」
ルトガーさんは穏やかな笑みを作っているが、その口調には有無を言わせない迫力が有る。そんなルトガーさんを見るのはとても珍しい。それが、事態の深刻さを物語っているように思う。
俺はルトガーさんの指示に従うと返答し、「そっちはどうする?」と姉さんに水を向けた。
「私は真っ直ぐ帰らなくてもいいの?」
「アリー様の帰宅に関しては何も指示を受けていません。ルトガーの邪魔をしないように、とは言われていますが」
アンナさんが少し冗談めかして答えた。
「ふーん。じゃあゲオルグの護衛はルトガーに任せて、私はちょっと寄り道させてもらおうかな。クロエは……ゲオルグと一緒に居てよ」
「分かりました。お気をつけて」
姉さんはどこへ行く気なんだろう。まさか危ない事をするんじゃないよね?
「ゲオルグの友達の様子を見て来るだけだから、たぶん危ない事は無いよ」
ああ、ルッツ達かな。
ルッツとは午前中に話してから会う機会が無かった。あれからどうしてるのか、気にはなっていたんだ。
「じゃ、行って来る。みんなも気をつけてね!」
元気に駆け出して行った姉さんと別れ、俺はルトガーさんに護衛されながら帰宅した。
帰宅した俺は、身体を休める暇も無く父さんの執務室へ連れて行かれた。
クロエさんとマリーも連れて4人で入室したが、その部屋の主は、執務机に突っ伏してすぅすぅと寝息を立てていた。
二日酔いがまだ辛いのか、それともエーデの件で疲れているのか。寝るなら寝室に行けばいいのにね。
ルトガーさんに起こされた父さんは、ぐうっと背筋を伸ばして、目の前の俺達に「おかえり」と声を掛けた。
「無事に戻って何よりだが……アリーはどうした?」
父さんの目線は、ルトガーさんに向けられている。
「アリー様は寄りたい所が有ると言って別れました。アンナが付いているので大丈夫でしょう」
そうかと納得した父さんは、俺達に向き直って話し始めた。
エーデが止まっていた宿屋を調べた警備隊員の話によると、エーデに関する新しい情報は得られなかったらしい。
また、宿屋の関係者を聴取した警備隊員は、誰も彼もが『エーデとは無関係だ』と口を揃えていたと言う。
部屋に残されていた荷物にも、エーデの身元を示す物は何も無い。
どこかからエーデに届けられたという2通の手紙も見当たらなかった。
しかし、前日に手紙を届けに来た子供の事は、複数の従業員が覚えていた。
宿屋から帰って来た部下からその子供の風貌を聞いたダミアンさんは、王都内の別地区の警備隊に子供の捜索を願い出た。
その判断は功を奏し、小一時間で子供の身元が判明した。
その頃は、とある商会で働く丁稚だ。
早速父さんを連れてその商会を訪ねたダミアンさんが、丁稚を見つけて質問する。
丁稚は小遣い欲しさに副商会長から手紙配達の仕事を引き受けただけで、エーデとは初対面だった。手紙の内容も勿論見ていない。
それならば、とダミアンは副商会長の聴取を始めたが……。
「その副商会長というのが厄介な男で、警備隊への協力を拒み続けたんだ。『手紙の仲介役を担った事は事実ですが、私を信用して手紙を預けてくれた人物を裏切るわけには参りません』とか言って手紙の素性を隠そうとする。ほんとにもう面倒な話だった」
副鍾会を思い出して顰めっ面になった父さんが、少し口調を荒らげて今日一日で溜め込んだ不満を漏らしている。
「結局今日は副商会長を聴取しつつその商会を調べて終了だ。俺はダミアンと一緒に副商会長の話を聞いていただけだったけど、本当に疲れたよ」
それはそれは、お疲れ様でした。西方伯邸へは明日向かうんですか?
「そうだな。俺は明日は自分の仕事が有るから、ダミアン達に任せる事になるが。ああそれと、近衛が捕らえている新しき西風の連中な。どうやらエーデの存在は知らなかったらしいぞ」
でも、西の残党だってダミアンさんが言っていたような。
「エーデが新しき西風の名前を口にしたからダミアンはそう判断したらしい。だから、新しき西風の連中が嘘を言っているのかもしれないし、エーデが知っている名前を適当に口にしたのかもしれない。もしくは指示を受けている相手から、捕まったら新しき西風の名前を出せと言われていたのかもしれない」
ふむ。『エーデに関しては何も分からなかった』という事がよく分かったね。副商会長が口を開かない限り、事態の進展は無さそうだ。
「ああ、だからしばらくはゲオルグには暫くルトガーを付ける。学校内では、マリーが出来る限りゲオルグの傍にいてくれ。クロエも、普段はアリーに付いていると思うが、時間が有ったら頼むな」
マリーとクロエさんは、口を揃えて「畏まりました」と返答した。
執務室を出た俺は、風呂に入り、妹達と一緒に夕食を食べ、少しだけドワーフ言語の構成を考えた後に、ベッドに入った。
そういえば、あの頑固な副商会長が居る商会は、何ていう商会だったんだろうか。明日聞いたら、教えてくれるかな。
エーデと新しき西風の関係もまた気になる。エーデとの関係、何か見落としているような気もする。
睡魔に侵食されながら、俺は父さんとの会話で気になった点をぼんやりと反芻していた。
そのままゆっくりと眠りに落ちたが、どうやらその夜、姉さんは帰って来なかったらしい。




