第20話 俺はイルヴァさんの試合を観戦する
ルッツ達と別れた俺は、選手達の昼休憩が終わるまで休み無く働いた。
グッズ全体の売り上げは朝イチをピークに減少傾向にあったが、その中でも注目選手の名前入りグッズだけは順調に販売数を伸ばしている。
勿論、イルヴァさんのグッズも売上好調だ。
昼休みに団体戦予選通過を報告しに来てくれたイルヴァさんにその事を伝えると、恥ずかしそうに頬を染めていた。
このままの勢いだと、午後から始まるイルヴァさんの個人戦予選が終わる頃には、その全てが売り切れてしまうかもしれない。今日イチの売れ行きになるのは間違いないだろう。
「この売れ行きは想定以上だね。うーん、失敗したなぁ。父様が聞いたら怒りそう」
眉を顰めてそう言葉にした姉さんに、俺は異論を唱えた。
姉さんが名前入りグッズに採用した選手達は、イルヴァさんを含めて皆活躍している。
団体戦でも個人戦でも騎馬戦でも、その選手達は皆予選を突破している。だからこそグッズの売り上げは好調で、予選で負けていたら販売数はここまで伸びなかったはずだ。
きちんと活躍出来る選手を選んだ姉さんの慧眼を考慮せず、途中で売り切れにさせてしまったという点だけで姉さんを叱るというのなら、俺は父さんを軽蔑するね。
「ふふふ、ありがとう」
姉さんが優しい笑みをこちらに向けて来る。
姉さんも本気で父さんが怒り出すとは考えていなかったんだろう。
興奮気味に反論した自分が、少し恥ずかしくなった。
「じゃあゲオルグ君、休憩交代だね」
「はい、ありがとうございます」
午後の試合が始まってすぐに休憩を取っていたモーリッツさんが帰って来た。モーリッツさんとの入れ替わりで、これから俺が昼休憩だ。
「アグネスさんすみません。先に休ませて頂いて」
まだ昼休みを取っていないアグネスさんに頭を下げる。
「いいのいいの。昼食はモーリッツに買って来てもらったし。早く行かないとイルヴァの試合始まっちゃうよ」
ひらひらと手を振って俺を追い立てるアグネスさんに感謝して、俺は姉さんと共にグッズ販売店を離れた。
「すぐに買える屋台で何か買って、食べながら行こうか」
姉さんの提案に賛同して、少し冷めたドーナツを食べながら俺達は仮設試合場へ向かった。
イルヴァさんの個人戦。
イルヴァさんは団体戦の時と同様に、まずは雨雲を作って大雨を降らせようとした。
勿論対戦相手はそれを阻止しようとする。
団体戦予選の相手は火魔法の爆発で雲を吹き飛ばしていたが、今の相手は風魔法で雲を散らそうとしている。
しかし……。
「あんなに空ばかりに集中して、大丈夫なのかな?」
姉さんの指摘の通り、対戦相手の意識は生成中の雲に釘付けとなっていた。
それくらい集中して風魔法を操作しなければ、イルヴァさんの魔法に対応出来ないという事なんだろうが、その姿は誰が見ても無防備だった。
団体戦なら他の人が周囲を警戒してくれたんだろうが、今はそんな仲間はいない個人戦なんだ。
案の定するするっと近寄ったイルヴァさんが、手元の槍で相手の魔導具を1つ破壊した。
相手の隙をつく素晴らしい動きだったが、地面を滑るように移動したあの動きは、なんだ?
「水魔法を駆使すると波打つ水面の上に立てるし、氷結魔法も併用すると水面を滑りながら移動出来るんだよね。その応用かな」
弟子の活躍を見守る師匠のような優しい目をした姉さんが解説してくれた。
ということは、あれは地面の上を凍らせてスケートリンクみたいしたんだな。凍っているようには見えなかったが。
「広範囲に凍らせたら流石に気付くからね。自分の足元周辺だけを凍らせるのが相手の裏をかくコツかな」
姉さんが胸を張って自慢げだ。
あれも姉さんが教えた技なんだろうな。
試合が再開すると、イルヴァさんは再び雲を作り始めた。
対戦相手は今度はそれを無視して、イルヴァさんを狙って魔法を放つ。
イルヴァさんはまた地面を滑るように動いて、飛来する魔法をすいすいと躱している。勿論、雲の生成を続けたままで。
相手は4つの岩石を操作してイルヴァさんの魔導具を狙っているが、全くそれを捉えられなかった。
そうこうしているうちに積乱雲が完成し、大量の雨粒が地面に降り注ぐ。
視界が白く染まり、雨音が鼓膜を支配する。ひんやりとした空気が観客席にまで届いたが、雨が観客を濡らすことは無かった。
仮設試合場の地面に出来た小さな水溜りは、どんどん吸収合併して大きくなり、水捌けの悪い試合場の地面はあっという間に水没した。
おそらく地面から数センチは水が溜まっている。イルヴァさんはその上を、地面だけの時よりも滑らかに、優雅に滑って移動している。
もしかしたら氷だけじゃなくて、溜まった水を操って作った水流も移動に利用しているのかもしれない。
また別の魔法をイルヴァさんが使用する。すると溜まった水と地面が混ざり合い、ドロドロの沼地に変化した。泥濘んだ地面は対戦相手の移動力を大いに削ぐ結果になる。
対戦相手は足元の地面を土魔法で固めて隆起させ、水から逃れようとした。しかし後を追いかけるように水面も上昇し、それは結局、自らの逃げ場を失う結果になった。
イルヴァさんの移動速度に全く対応出来なくなった対戦相手は、必死の抵抗虚しく、2つ目の魔導具を破壊された。




