第17話 俺はイルヴァさんの秘密を聞く
「イルヴァさんは去年1年生だった時に、個人戦で優勝してるんだよ。隠す必要無いのにね」
各会場で予選が始まり、屋台が立ち並ぶ広場に静けさが訪れて俺達の手が空いた頃、3年生のモーリッツさんが爽やかな笑顔でイルヴァさんの秘密を暴露した。
モーリッツさんの言う通り秘密と言うほどの内容じゃなかったけど、イルヴァさんはあまり話題にして欲しくなかったのかもしれない。それをさらっと暴露したモーリッツさんだが、その爽やかな表情からは特に悪意を感じ取れなかった。
しかし、あのゆるい感じのイルヴァさんが個人戦で優勝していたとは驚きだ。人は見かけによらないというが、まさかそこまでとは。
「今年も優勝を期待して、魚人族のお客さんがイルヴァさんのグッズを大量に買って行ってくれたね。まさかこの短い時間に3回も在庫を取りに行く事になるとは思わなかったよ」
数の面では人族が1番多かったけど、獣人族やドワーフ族と比べると、魚人族のお客さんは確かに多かった。それに、他の種族のお客さんは色々な選手のグッズを買って行ったが、魚人族はイルヴァさんの物しか選ばなかったように思う。イルヴァさんに期待をしているというのはコレからの分析だろう。
秘密だと言ったイルヴァさんは、もしかしたら『あまり期待して欲しくない』と思っているのかもしれないが、周囲からの注目度は抜群のようだ。
「去年の大会で活躍出来た魚人族はイルヴァさんだけだったから、余計に期待がかかってるんだろうね」
なるほど。そういう状況なら仕方ないのかもしれない。
「でもイルヴァさんの特殊な戦い方は去年の大会で明らかになったからね。去年戦った経験が有る子達は対策を考えているだろうし、去年のようにはいかないかもしれないよ」
特殊な戦い方、ですか。
「そう。特殊な戦い方を考案したからこそ、陸上での戦闘を苦手とする魚人族が優勝出来たんだね。まあそれでも、最終日の学年対抗戦では1勝も出来なかったわけだけど」
学年対抗戦って、各学年優勝者5名による総当たり戦でしたっけ?
「うん、そうだね。で、去年の個人戦総合優勝者は、そこに居るアリーさんだね」
爽やかイケメンのモーリッツさんが、アグネスさんと談笑していた姉さんにその笑顔を向けた。
「ん?私に何かようかな?」
きょとんとした顔で姉さんが反応した時、俺達が居る広場は隣接する訓練場で発生した大きな歓声に飲み込まれた。
「おっ。どうやら最初の試合から前回優勝者のご登場みたいだね」
歓声を聞いて訓練場に視線を向けたモーリッツさんが、その上空を指差している。
そちらに目をやると、もくもくと蠢きながら面積を拡大している白い雲が有った。
午前中のこの時間、訓練場では奇数クラスの団体戦予選が始まっている筈だけど……あの雲が、イルヴァさんの?
「そう。まさにアレが、イルヴァさんの特殊な戦い方だね。誰かが真似をしてる可能性は低いと思うよ」
歓声に押されるように、白い雲は着々と横に広がり、そして上へ上へと膨れ上がっている。
その異様に発達した巨大な雲は、確か積乱雲と呼ばれるモノではなかったか。
「あれ?あの雲、去年よりもちょっと、いや凄く大きいような……」
「ふふっ、イルヴァも去年と同じままじゃないってことよ。それに今年は、同じクラスの魚人族達も多少は手伝えるようになったみたいだしね」
「な、なるほど。あの大きさは団体戦ならではという事ですか」
「まあ時間をかければ、イルヴァ1人であそこまで育てられると思うけどね」
困惑した声色になりながらも爽やか笑顔を維持するモーリッツさんに対して、姉さんが胸を張って自慢げに答えている。
もしかして、姉さんがイルヴァさんに魔法を教えたから、そんなに自慢げなの?
「ふっふっふ。ひみつー」
姉さんはにんまりと口角を上げて、悪戯を思いついた時によく見る表情になった。
もうその表情になった時点で正解だと答えているようなモノだけど、姉さんは『その方が面白いから』と言って秘密にしたがるのだ。
姉さんとやり取りをしている間にも巨大な積乱雲は更に膨張し、遂には歓声に混じって、ゴロゴロと雷鳴が轟き始めた。積乱雲の内部に電気エネルギーが溜まっている証拠だ。
しかしその数秒後、歓声も雷鳴も、また別の音によって掻き消されることになる。
濡れた雑巾を力一杯引き絞った時の様に、積乱雲に溜められた大量の雨粒が、一気に地上へ降り注いだのだ。
地面に当たって爆ぜた無数の雨粒が新しい音と水蒸気を生み、周囲に拡散する。
歓声や雷鳴を飲み込んだ雨音は止むこと無く鳴り続け、水蒸気から派生した白い霧が訓練場の外へ漏れ出ている。
訓練場内にだけ局地的豪雨を発生させる。これがイルヴァさんの戦い方か。
「驚くのはまだ早いよ。雨を降らすのは、まだまだ準備段階なんだから!」
バケツの水をひっくり返した時以上の雨勢に度肝を抜かれていた俺を見て、姉さんはまた得意げに胸を反らしている。
「まあでも、これ以降は観客席に行かないと見えないから残念だね。今日は試合を観戦する時間は無いんでしょ?」
姉さんは心底残念がった様子で、顔を曇らせる。
選手達が昼休みを取って午後の試合が始まると、俺達3人も交代で昼休憩を取る予定だ。もしちょうどその休憩の時にイルヴァさんの試合が有れば観戦出来るが、どうだろうか。
今団体戦予選を戦っているのなら、イルヴァさんの午後の試合は個人戦予選から始まるはずだなぁ。
「そんな顔をしなくても、イルヴァの試合時間に合わせて休憩を取って良いわよ。予選の初戦は事前に対戦組み合わせが発表されているんだから、それに合わせて休憩を取りなさい。ただし、その他の時間はしっかり働いてもらうわよ」
「僕も休憩はゲオルグ君の都合に合わせるよ」
「うん、ゲオルグも絶対見ておいた方がいいよ!」
俺の気持ちを汲んでくれたアグネスさんとモーリッツさんに謝辞を述べようとした丁度その時、雨音を上回る爆発音が耳に届き、訓練場上空に止まる積乱雲の一部が弾け飛んでいた。




