第48話 俺は不本意な現状に葛藤する
5月。誕生日を迎え、俺は5歳になった。
まだまだ幼い。
姉さんがこの歳には水魔法を修得するために頑張っていたことを思うと、俺はまったく成長していない。
何もやっていないことに不安を感じ、今出来ることに手を伸ばそうとする。
クローゼットから剣を取り出し、眺め、結局何もせず元に戻す。
我ながら馬鹿らしい。
何も考えず剣を振れたあの時みたいにキッカケが欲しい。誰でもいいから背中を押してほしい。
神様が覗いていたら、さっさと剣を振れよと言うかもしれない。
でもみんなの前に剣を持ち出す勇気が無い。
あんなに嫌がっていたのにやっぱり剣が好きなんだな、とか思われるのもちょっと嫌だ。
最近はこんな感じで悶々としている。
俺も姉さんみたいにアルバイトでもしたら気が紛れるんだろうが、魔法が使えない5歳児を雇う人なんているはずもない。
そんな俺と比べて姉さんは忙しそうに飛び回り、飛び級の件は父さんの方から正式に断った。
それでも4月の入学までに何度か関係者が訪ねてきた。姉さんが居る船着場や鍛冶屋にも顔を出したらしい。
執念深い人達だ。父さんの抗議も効果は無く、ヴルツェルのフリーグ家と東方伯に頼んで何とか収まったようだ。
両親は誰が姉さんを入学させたがっているのか知っているようだったが、教えてくれなかった。
お前は勧誘されないから大丈夫だよって言われてる気がした。
さすがに被害妄想が酷いとは思う。
姉さんに依頼した剣はまだ完成していない。
誕生日に間に合わなくてごめんねと姉さんに謝られた時には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
このままずっと剣の事を考えて姉さんは生きていくんだろうか。無理難題を吹っ掛けてごめんなさい。
「大丈夫、りろん上は完成しているから。後はお金を貯めて材料を買うだけだよ」
理論の意味が分かって言っているんだろうか。言い慣れていない感じが伝わってくる。
「とりあえず今年の誕生日は、ゲオルグの為に完成させた言霊3種盛りです」
姉さんに引っ張られて庭に出た。庭で言霊を披露したいようだ。
最近はエマさんの所でもアルバイトをしているらしい。メニューにある言葉を日常的に活用して来るから反応に困る。
「これ、上着のポケットに入れてて」
持参した袋から植物の種を一粒取り出し、俺に渡して来た。これは去年の誕生祭で活躍してくれたカボチ君が残した種か。
姉さんは袋を俺から離れた所に置いて、次の準備に入った。
「標的の土人形を用意します」
土魔法が発動し、庭の地面が盛り上がっていく。
瞬く間に成人男性サイズの土人形が出来上がった。
なんとなく風貌が父さんに似ている気がする。
「じゃあゲオルグ、こっち来て。そう、私の隣に」
呼ばれたので近寄る。大丈夫かな、最近の姉さんが使う魔法は強力だから離れて見ていたい。
「萌ゆる青、水を欲して、彷徨うか。好餌はそこに、捕らえゆるさじ」
何も言わずいきなり歌いだしたが、随分と練習したようだ。とても聞き心地が良い。
「呪縛」
姉さんが土人形を指さすと共に言霊を発する。言霊に呼応して、俺のポケットがざわざわと揺れ始める。
土人形ばかり見ていた俺が視線をポケットに向けると、白っぽい何かが顔を出していた。
はっと驚いた瞬間に、白っぽい何かは急激に成長し土人形に触れた。
獲物と認識したのかそのままぐるっと一周して絡まる。
絡まる姿を眺めながら考察する。あれはさっき受け取った種から伸びて来ている。
あの白く伸びている物は、もしかしたら根か?
絡まり終わると、僅かにぐっと体が土人形の方に引っ張られた。
その引っ張りを利用して、種の本体がポケットから飛び出していく。
釣竿のリールを巻くように、成長を止めた植物が土人形に巻きつきながら種を引っ張っていた。
飛び出した種は種皮を脱ぎ捨て子葉を広げる。
子葉が土人形に近づくころには本葉も伸び出して成長を開始する。
ぐるぐるぐるぐると絡みつきながら、最終的に土人形は南瓜の根と蔓で簀巻になっていた。
「新草木魔法、呪縛はどうかな?」
簀巻を見ながら呆然としていた俺に、姉さんが問いかける。
何だこの魔法は。
「ど、どうやってポケットの中の種を」
動揺して上手い返しが出来ない。何とか絞り出した言葉に、姉さんは胸を張って答える。
「種の発芽に水分が必要なことを利用して、頑張って根を伸ばせばそこに水があるよって指示するの。だから土の中にある種は反応しないよ。土の中には水分があるからね。それと、さっき置いた袋までの距離が魔法の有効範囲だよ」
地面に置かれた袋を見やる。5歩くらいかな、割と有効範囲が広い。
理論は分からないけど、やりたいことは伝わる。
「じゃああの袋を持って魔法を使ったら、すべての種が反応するの?」
「だね」
「沢山種を持っている意味は無さそうだね」
1つの種で充分なほど土人形に絡まっている。
「たまに成長しない種があるから沢山あってもいいよ。それに保存をきちんとしていたら、魔法を使っても反応しないように出来るよ」
そういって姉さんはポケットから種を一粒取り出した。
確かに魔法には反応していないが、種の周りを何かがコーティングしている。
「種の成長には水と温度以外にも必要な物があるんだよ。それは光と空気。この種は薄いガラスを纏わせて空気に触れないようにしてるの。纏わせるときに風魔法で空気を抜くのがコツだよ。使うときにはパリッと簡単に割れるんだ」
真空パック的な?
姉さんの魔法技術がどんどん進化している。
「種の保存法はマチューさんと相談しながら色々試しているんだ。雨の日にはどうするとか、暑い時や寒いときは、とかね。でも折角考えたのに、光と空気が無くても育つ植物も有るなんて今更言われても困るよね」
俺が葛藤している間に姉さんは凄い速度で先に行く。
先に行きすぎて背中は見えない。むしろ一周して俺の後ろに居る気がする。
無言で急かされている。立ち止まるな、動き出せと。
「他の種を反応させないようにするより、容器に入れてある種じゃないと反応しないようにした方がいいんじゃない?」
何となく思ったことを口にする。
「なるほど。そうなると術者が発した魔力を受信する魔導具が必要になって、その魔導具が内部の種に働きかけて育てると言う役目か。ポケットに入るくらいの小さな魔導具が必要になるけど、このやり方も面白そうだね。ガラスを割った後の処理をどうしようって考えてたんだ。さすがゲオルグ」
俺がぽろっと言った一言を姉さんが受け入れてくれた。
なんだか、暖かい物が込み上げてくる。自分の意見が賛同されると嬉しいものだ。
そうか、姉さんは先に行きながら時々振り返ってくれている。素早く一周して後押ししてくれているんだ。




