第14話 俺は警備隊詰所を訪れる
武闘大会2日目の朝。
目覚めてすぐにカエデとサクラに感謝を伝え、そのお日様のような笑顔を堪能した俺は、ラジオ体操を終えたのち、警備隊詰所に向かってマラソンを開始した。
同行するのは俺とマリーとルトガーさん、姉さんとクロエさんとアンナさん、それと……。
「う……うう。やっぱり二日酔いで走るのは無理……先に行くぅ」
二日酔いでへろへろの父さん。数メートル走っただけでこの世の終わりが来たかのように絶望した父さんは、飛行魔法でふらふらと飛んで行ってしまった。
まあ、あんな情けない状態でも俺を心配して寝床から這い出てくれたんだから、ありがたいよな。
マラソンの目的地で有る警備隊詰所では、眉尻を下げたダミアンさんが俺達の到着を待っていた。
「おはようございます、男爵家の皆さん。男爵は……便所ですよ」
どうやら父さんは、詰所に着くなり大した会話もせずに便所に籠もってしまったらしい。ふらふら飛行で気持ち悪くなってしまったんだろうか。
大変ご迷惑をおかけしました。
「ダミアンさん、あの子はどうなりました?」
父さんを介抱してもらう為にルトガーさんを便所に向かわせると同時に、姉さんが話を進め始める。
また走って帰る予定だから、父さんの気分が落ち着くのを待つ暇は無いのだ。
「どうやら彼は、この間捕まえた西の連中の残党見たいですね。借金の形に小さな子供を従わせる奴らのやり方には辟易とさせられますね」
ダミアンさんは溜息混じりに心情を吐露した。どうやらダミアンさんを気落ちさせている原因は父さんだけじゃなかったらしい。
西の連中というのは『新しき西風』の事だろう。王都内や王都近郊の拠点は壊滅したはずなのに、まだフランツみたいな捨て駒役の子供が王都に潜んでいたという事か。
しかしまた、なんで俺ばかり標的にされるんだろうな。人気者ゆえのサガかな?
「ゲオルグ君を狙うように指示していた誰かが居るのは確かなようです。それが誰かまではまだ聴取出来ていませんがね」
「なるほどなるほど。彼の他に、ゲオルグを襲う実行犯的な仲間は居るんでしょか?」
顎に手を当てた姉さんが、いつになく生真面目な顔を見せている。
「それもまだ不明ですが、彼は1人で行動し、先週王都へ来てからは宿屋に届けられた手紙でやり取りしていたそうです」
「その宿屋への聴取は?」
「部下を向かわせています。彼が使っていた部屋の捜索や他の客への聴き取りも必要なので、もうしばらくは帰って来ないでしょうね」
「なるほどなるほど。因みに、その宿屋の名をお伺いしても?」
「うーん」
ダミアンさんは腕を組みながら唸っている。名前を聞いた姉さんがその宿屋へ突撃するかもしれないと不安になっているんだろうか。でも俺だってそう思うんだから、ダミアンさんを責められないな。
「では、あの子の名前はどうでしょう?」
「それならば、まあ……彼はエーデと名乗りました」
「エーデ?……それはあの物語の?……という事はもしかして、西方伯の縁者でしょうか?」
「どうでしょうか。西方伯の縁者だとしたら尚更エーデとは名乗らないでしょう。十中八九偽名だと私は考えています。しかし西方伯の関与が全く疑われないとはいえないので、部下が宿屋から戻って来たら、今度は私も一緒に西方伯邸へ行くつもりです」
「そうですか。宿屋で西方伯と繋がる何かが見つかればいいですね」
「期待は薄いですがね。あとは、近衛の方にも部下を向かわせています。捕縛中の連中が何か情報を持っているかもしれないので」
「ああ、新しき西風の連中はまだ牢屋の中なんですね。もう鉱山にでも連れて行かれて苦役を課されてるのだと思ってました」
「捕まった人数の多さと、あいつらが所属していた警備隊への取り調べと、フェルゼン元伯爵への聴取と、やるべき事が色々あって遅れているようですね。まあその遅れのおかげで、我々は話を聞きに行けるわけですが」
「なるほどなるほど」
うんうんと心得顔で姉さんが頷いていると、ルトガーさんに支えられた父さんが青い顔をしてやって来た。
「はあ……しんどい……話は、どうなったんだ?……」
「うん、もう終わったよ。私達はもう帰るけど、父様はダミアンさんから話を聞いてね。その後、ダミアンさんと一緒に西方泊邸へ行って欲しいかな」
「え……また西方伯なのか。ええっと」
より顔色を悪くして視線を彷徨わせた父さんは、助けを求めるようにダミアンさんの眼をじっと見つめた。
「男爵にご同行頂けるのなら頼もしい限りですね。ぜひ、お願いします」
しかしダミアンさんは、ニンマリと笑って父さんの希望を打ち砕いた。
「まだ部下が帰って来るまで時間は有ります。その間、仮眠室をお使いください。さあさあ、こちらへどうぞ」
父さんの背中を強引に押しながら、ダミアンさんは詰所の奥に引っ込んでいってしまった。
「後は父様に任せておけば大丈夫かな。さあ、私達は帰って学校へ行く準備をしなくちゃ。今日は2年生の試合だから、きっと応援用の名前入り団扇や綿布が飛ぶように売れるね!」
真面目な顔を取り去った姉さんは、妹達にも負けない純粋な笑顔を作り、俺の手を引っ張って自宅に向けて走り出した。




