第11話 俺はエルゼの印象を変える
「『ルッツ達も、力を貸してくれ』って言われた時、俺はその格好良さに痺れたね。さすがは武勇で知られた北方伯の親族だ」
「あれは少し気が昂り過ぎたのです。私にとっては醜態ですから、今すぐに忘れてください」
大仰な身振り手振りでその時の感動を体現していたルッツに、頬を赤く染めたエルゼが頭を下げる。
「それは無理な相談だね。あの力強い声色、凛々しい表情、麗しき立ち居振る舞い。俺はしばらく忘れられそうにないよ」
ルッツはおちゃらけた態度を改め、真っ直ぐエルゼの赤い眼を見つめて答えた。
「はぁあ、もう。ならばせめて言いふらさないでください」
意外とあっさり譲歩したエルゼに、「任せといて」とルッツは破顔して安請け合いする。
しかし、ルッツの語りは更に熱を帯びて、止まらなかった。
「それでさ、エルゼはヴィム達を相手に、ちぎっては投げ、ちぎっては投げの大立ち回りを演じて……」
「ちょ、ちょっと、言いふらさないでと」
その真っ赤な両眼で睨みつけられたルッツは、顔と両手を大袈裟に動かして驚きを表現した。
「ごめん、これもダメだったか。でも戦う君の姿も本当に格好良かったんだよ。君には武術の才能が有ったんだね」
「それはお借りしていた魔導具のおかげです。私なんて、その魔導具に込められた力を上手く制御出来ずに振り回されて、戦いの最中に体力を切らして動けなくなってしまう未熟者ですから」
動けなくなった事が余程悔しかったのか、エルゼは苦虫を噛み潰したような顔になっている。
思ったより表情が動く子なんだな。
ルッツが話を始める前の、じっと真顔で俺を見ていたエルゼから受けた悪印象を改める事にした。
「でもあの短い時間の中、1人で3人も制圧したのは素晴らしい戦果だよ」
「ですから、それも全てこの魔導具のおかげです。決して、私が特別な人間だなどと間違った風聞を吹聴しないでください」
また表情をぱっと変えたエルゼは、鋭い眼差しでルッツを睨め付ける。
「畏まりました」と恭しく礼をしてみせたルッツに嘆息したエルゼは、上着のポケットから何かを取り出して、俺達の目に入るように卓の上に置いた。
それは滑らかな表面が銀色に輝く金属製の指輪で、白く輝く小さな魔石が1つ飾り付けられていた。
「これが、その魔導具ですか?」
俺がそう問うと、エルゼは真剣な面持ちでハイと答えた。
「これを帽子のお方に返却したいのですが、お姉様を紹介していただけませんか?」
「お姉様って、俺の?」
「はい。帽子のお方の御名前はお伺いしていなかったのですが、馬術施設近くの屋台関係者で帽子を被っているのは1人しかいない、とミリー達が口を揃えていたので」
まあ俺も、この魔導具の持ち主はほぼ間違い無く姉さんだ、と話を聞きながら思ってたけど、やっぱりそうだったか。
「ついでに俺達も紹介して貰おうかな。屋台料理の話はゲオルグの親父さんとする事になったから、アレクサンドラさんともう会う理由は無いんだけど、同じ組の友達として少し挨拶するくらいはかまわないだろ?」
ルッツが喜色を露わにしてグイグイと詰め寄って来る。
なんだかこの状況に既視感を覚えながら、
「そりゃあ構わないけど、今日はもう遅いから明日以降に……」
と告げたところで鷹揚亭の扉がけたたましく開けられた。
「あ〜〜。疲れた〜〜疲れた〜〜。こんな〜〜に疲れ〜〜た日は、心置き無〜〜く美味しい物を食べないとね〜〜」
先程の誰かさんよりも元気良く歌いながら入店したその人は、クロエさんをお供に連れた我が親愛なる姉君であった。
「あーー、あの時の。なかなか面白い試合を見せてもらったから、魔導具は返してもらわなくても良かったんだけどね」
姉さんは俺達と少し離れたテーブル席にクロエさんと2人で陣取った。俺1人でその席に近寄り、「友達が話をしたいと言っている」と声を掛けると、姉さんは父さんのような嫌がる素振りを見せずに、満面の笑みでエルゼ達を迎え入れてくれた。
朗らかな態度の姉さんに対して、エルゼは恐縮しきった様子で頭を下げながら、指輪を乗せた右手の平を姉さんに差し出している。
「いえ、さすがに頂くわけには参りません。御助力は感謝していますが」
「うん、わかったよ」
エルゼの言葉を遮りながら、姉さんは指輪をヒョイと摘み上げた。
「なんにせよ、団体戦準優勝おめでとう。それから騎馬戦優勝と、ゲオルグの個人戦準優勝と、マリーの個人戦優勝もね」
離れたカウンター席に座るマリーにも姉さんが祝福の言葉を投げかけると、マリーはこちらに向かってペコリと頭を下げた。
頭を上げたマリーは1度隣のカウンター席に座る父さんに目を向けると、首を横に振りつつ席を離れてこちらにやって来た。
「ありがとうございます、アリー様。それと……すみません、ゲオルグ様とお友達の方々。男爵様が、その……お酒を飲み過ぎて、眠ってしまいました」
「え!ちょっと、俺達との話は!?」
「申し訳ありません。本日はお話出来ません」
マリーの言葉に愕然としたルッツを見やって、エルゼは少し顔を綻ばしていた。




