第10話 俺は盾を作った相棒を知る
エルゼはその光景を見て、幼少期にベッドの中で優しい祖母に読み聞かせて貰っていた物語を思い出していた。
(まるで神の領域に登るエーデのようですね。浮かぶ王子の周囲に集まって来た人々も、エーデを迎えに来た神の使いのようです)
ふわふわと空へ浮かび上がる第3王子の姿は誰もが見惚れるほどに優雅で、エルゼのみならず、多くの生徒が試合中で有る事を忘れたように動きを止め、その姿を見上げていた。
「えっ?」
ぼーっと上空を見上げていたエルゼの口から、いつの間にか驚愕の音が漏れ出ていた。
瞬く間に現れた純白の煌めきが、王子の姿を覆い隠している。
陽の光を反射しながら徐々に大きくなるそれは、まさにエーデの物語の最終盤、空に登ったエーデが神の光に包まれて天界に誘われる場面を想起させる、荘厳な煌めきだった。
「火属性防御!」
焦りを含んだ大声が、光に見惚れていたエルゼの心を呼び起こす。
声を発したのはゲオルグ。そちらを見やると、彼は左腕の魔導具を虚空に向けていた。
慌ててエルゼもゲオルグから借りていた魔導具に手を添える。
その頃にはエルゼも、王子を覆い隠していた光の正体を察する事が出来た。
光の正体は巨大な金属の塊。それが重力に引かれ、大玉に向かって落下している。
エルゼはゲオルグの意図を理解し、その合図に従った。
「「炎盾!」」
2人の言霊が重なる。2人が操作する2つの魔導具が、1つの地点に魔法を重ねる。
2人の言霊が分厚い炎の盾を生み出し、迫り来る金属塊を迎え討つ。
エルゼ達に遅れて6人の仲間達がバラバラに盾を展開し、合計7枚の盾が連なった。
「みんな逃げろ!」
金属塊が炎の盾に激突する。
自身の体が熱で溶かされる事も厭わず、金属塊は目標に向かって猛進する。
悲鳴にも似た轟音を発しながら、分厚い炎の盾が後方に押し込まれる。
周囲に撒き散らされている火の粉は、のしかかって来る金属塊を必死に受け止める炎の盾が垂らした汗のようだ。
エルゼはイーナに腕を引っ張られながら、擬人化した炎の盾に心の中で声援を送っていた。
ぐいぐいと炎の盾を押し続けた金属塊は、7枚の盾が重なったところでようやくその動きを止めた。
一時は炎の盾ごと大玉に突っ込むかと懸念していたが、炎の盾達も根性を見せて踏み止まってくれた。
しかしほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、金属塊から溶け出して地面に溜まっていた液体状の金属が動き出す。
ぐわりと鎌首を持ち上げたソレは大きな白蛇に姿を変え、大玉に向けて地面を這う。
こちらが魔法で攻撃する暇を与えずに、白蛇は剣のような尻尾で大玉を斬り伏せた。
金属塊を防いで安堵した一瞬の隙を突かれ、これで3対2。
まだこちらが優勢だが、白蛇は大玉を1つ破壊しただけでは満足していないようで、別の大玉に狙いを定めて動き出している。
これ以上はやらせない、と白蛇を追いかけようとしたゲオルグの前に、ヴィムが立ち塞がった。
「このまま負ければいい。元々そのつもりだったんだから」
八百長するヴィムに賛同していた物達も、ヴィムの両脇を固めて壁を厚くする。しかし。
エルゼは動かなかった。
ヴィムの下へ行こうとしていたイーナ達3人も、エルゼの異変に気付いて足を止めている。
「おい、お前達もこっちに来て、ゲオルグの邪魔をしろ。まさか今更裏切らないよな?」
眉間に皺を寄せたヴィムが、不機嫌さを露わにした低い声でエルゼを威嚇する。
エルゼは周りにその赤い眼を向ける。向こうはヴィムを含んで7人。エルゼの味方は3人。あとはルッツ達3人とゲオルグだ。ゲオルグは不思議そうな面持ちでこちらを見つめている。
高まる心音を抑えるようにエルゼは一度目を閉じた。
(試合時間的にも、どうやらここが私の勝負どころのようです。なんでもかんでもカーステンの思惑通りにはならないし、させません。ヴィム達には申し訳ありませんが、やらせていただきます!)
心を決めたエルゼは上着のポケットに仕舞っていた指輪型の魔導具を取り出し、右手の人差し指に装着した。
「金剛」
目を閉じたまま、こそっと言霊を口にする。右手の人差し指から生じた暖かい何かが、右手の先端から肘の辺りまでを優しく包み込んだ。
帽子の子がエルゼに与えた時間は3分。その時間、エルゼの右腕は物語に登場する英雄にも負けない力を得る。
カッと真っ赤な両眼を見開いたエルゼは、怒りを隠そうともしないヴィムを睨み付けたまま口を開く。
「ルッツ達も、力を貸してくれ」
これから行う行為に対して興奮しているせいか、エルゼはいつもと違う口調を発していた。
(大丈夫。いける。大丈夫。エルゼはやれば出来る子だって、お祖母様は言ってくれていた。だから、大丈夫)
最高潮に高まった心音を爆発させるように、エルゼはヴィム達に襲いかかった。




