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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第6話 俺は控室での一幕を聞く

 馬術施設近くの屋台を離れたエルゼは、単身訓練場へ向かった。


 これから団体戦準決勝が始まる。準決勝の組み合わせを決めるクジ引きもこれからだ。屋台で出会った帽子の子から知恵を授けられたが、1組と対戦せずに済めばそれが1番いいなとエルゼは考えていた。




 10組が割り振られている訓練場の控室前に到着する。閉ざされた扉の僅かな隙間から、陽気な笑い声が通路側に漏れ出ていた。


(私もあの娘達の勝利を祝って一緒に笑い合いたいものですが……まずは団体戦がどうなるか、ですね)


 沈む気持ちを振り払うように、エルゼは控室の扉をノックした。その瞬間、扉の外にまで漏れ出ていた笑い声がピタッと止まった。


 何も返答が無い。


 訝しみながら扉を開けて控室内に踏み込むと、そこに有った14個の瞳がエルゼを捉えた。


 戸惑う瞳、不安げな瞳、無感情な瞳、挑むような瞳、……。


 どちらかというと負の感情を灯していた瞳群の中、唯一喜色を露わにしていた瞳の持ち主が、エルゼに話しかけて来た。


「おう、エルゼ1人か」


「ええ、1人ですが」


 控室の扉を大仰に閉めて誰も付いて来ていない事を示したエルゼは、気安く話しかけて来た男子を正面から見据える位置に移動した。ほぼ毎日学校で顔を合わせているが、エルゼはまだその男子の名前を覚えていなかった。


「ついさっき、俺の雇い主からお前が八百長の協力者だと聞かされたんだが、間違いないか?」


「ええ、まあ。私もそう聞かされています」


 自発的に協力するわけではないとエルゼは言外に匂わせたが、その男子は気にした様子もなく笑い飛ばした。


「そう怖い顔をするなよ。心配しなくてもきちんと報酬は与えるからさ。因みに他の6人も皆協力者だ。仲良くやろう」


「ねえヴィム、北の娘なんて仲間に引き入れて本当に大丈夫なの?」


 ヴィムと呼ばれた男子の傍らでエルゼに対して挑むような瞳を向けていた女の子が、2人の会話に口を挟んだ。


「私は信用出来ない。頭数には入れない方が良いと思うよ」


「しかし、雇い主直々に姿を見せて名指しして来た協力者だからな。俺との関係性を疑われないように今日は接触しないと雇い主は言ってたのにその前言を撤回してまで、だぞ。それを無碍には出来ないだろ?」


「それはそうかもしれないけど……あの澄ました顔が、ムカつくのよね」


「すみません。産まれ付きこの顔なもので」


「そういう態度もムカつくのよ!」


 恭しく礼をしてみせたが、余計に反感を買ってしまったらしい。エルゼはもう1度謝罪を述べて、この娘の前から離れる事にした。


「まあまあ。レギーナはいつも悪い方に考え過ぎなんだよ。取り敢えずはエルゼの参加を喜ぼう」


「ヴィムが楽観主義者なだけでしょ!私は普通よ!」


「ああ、レギーナは心優しい普通の娘だよな。いつも心配してくれてありがとう」


「ふんっ!」


 ヴィムから勢い良く顔を背けたレギーナと、エルゼの視線がぶつかり合う。


 少し頬を赤らめたレギーナの黒茶色の瞳が、エルゼを非難するようにギラリと輝いていた。




 エルゼが控室の隅で黙りこくった数分後に、新たな3名が控室の扉を開けた。


 ヴィムはその3名に八百長への参加を持ちかけた。この3名が八百長に加われば参加数が10組生徒の過半数を超えるとあって、ヴィムはかなりの熱を入れていた。


「どうた!この金額なら悪くないだろ?この金が有れば親は大助かりだ」


「ふむふむ、なるほどなるほど」


「だから俺達に手を貸してくれ。頼むよ!」


 3人を代表してヴィムと応対している細身の男子は、腕を組みながら真面目ぶった表情でその話を聞いていたが、ヴィムの話が終わるとかぶりを振った。


「良い話だと思うけど、ちょっと3人で相談する時間を貰えるかな?」


「なぜだ。断る理由が何処にある」


「君が親を助けたいと願うのと同様に、俺達3人にも願いが有るんだ。八百長に与しても俺達の願いが達成出来るかどうか、3人で相談させて欲しい」


「その願いは、俺達の願いを踏み躙ってまで、叶えたいものなのか?」


 それまで陽気に笑ったり、悲痛な表情で哀願していたヴィムが、初めてレギーナのような厳しい目付きを作った。


「それはお互い様さ。君達の願いを叶えると俺達が損をする、そんな可能性も有るだろ?」


「なるほど。あの報酬額では不満だから釣り上げようって腹か。見かけによらず、強欲だな」


「申し訳ないが、金額の問題じゃないんだ。じゃあ、少し時間を貰うよ」


 メラメラと怒りの炎を剥き出しにするヴィムをさらり交わして、その3人は控室の隅へと移動した。


 ヴィムが3人に提示した額は少なくない額だった。八百長の報酬額の相場なんてエルゼには分からなかったが、エルゼの両親が聞けば諸手を挙げて喜ぶ額だろう。


(そんな額を惜しみなく提示して来るなんて、いったいどんな人が雇い主なんでしょうか。それに簡単に飛び付かない3人の願いとは、いったいなんでしょうか。私がもし、カーステンの恐嚇無くこの話に勧誘されていたら、私はそれを拒絶する事が出来たでしょうか)


 3人から色良い返事を貰えずに地団駄を踏んでいるヴィムを傍観しながら、エルゼは最早自分に降りかかる事の無い選択肢に頭を悩ませていた。

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