第4話 俺はルッツの説明を聞く
「で、何から説明しようか」
新しく届いた果実水でルッツが唇を湿らせる。
「何でも聞いてよ。全部答えられるかは、わかんないけど」
白い歯を見せたルッツが、俺の周りを囲む4人に目を向ける。それに釣られるように、俺の目線も移動した。
ルッツの正面に座るエルゼは、その赤い眼で真っ直ぐ俺を見続けている。特に敵愾心は感じないが、意思を持った力強い眼差しだ。あまりじっと見続けられると居心地が悪くなる。
他の3人は相変わらず俯いたままでいて、怒っているのか悲しんでいるのか無感情なのか、その心持ちを察する事は難しかった。殊勝な態度、と思えなくもないが、それならせめて自分達の口で話を進めてくれないものか。
少しの期待を込めて目の前に座る女子へ視線を定めたが、向こうがその視線に気づく事はなかった。
「じゃあ手始めに、この4人とルッツの関係は何?」
これ以上待っても無駄だなと諦めて視線をルッツに戻す。彼は笑みを変えぬまま口を開いた。
「俺はゲオルグと同じ、ただのクラスメイトさ」
「ただのクラスメイトにしては、随分と訳知り顔じゃないか?」
「彼らの話はゲオルグが来る前にしっかり聞いたからね。それで、2回同じ話をするのが辛いと彼らがいうのなら、ちょっとだけ手助けしてあげようと思ってさ。これはただのお節介で、俺達が利害関係に有るとかそんな事は全く無いから安心してよ」
「そう……じゃあその聞いた話ってのを教えてもらおうか。ルッツの言う通り、同じ話はしたくないみたいだからね」
「了解。ちょっと待ってね」
ルッツはまた果実水を口に含み、それをごくんと飲み干すと軽快に話し始めた。
「この4人が北方伯領出身で入学以来いつも一緒に行動していたってのは話したよね。ゲオルグも知っての通り、1組と10組は他のクラスと違って、国内各地出身の生徒が集められているだ。他のクラスは出身地ごとだよ。2組は王都出身、9組は北出身ってね。11組はまた特殊で、そこはドワーフ族や獣人族なんかの人族以外の生徒が所属しているんだ。で、雑多な出自が混ざっている我が10組では、出身地ごとの派閥が出来やすいんだよね。エルゼ達は北派閥、ヴィムは西出身で、ここに来ていない7人は西と南が混在してるね。俺とロジーネは王都出身だけど、ペーターは王都からちょっと北に行った村の出身だから、俺達は中央派閥ってところかな。後は……そうそう、ミリーとアランは南出身で、騎馬戦に参加した残りの3人は東だ。騎馬戦参加者8名は希望者の立候補とカチヤ先生の独断で選ばれたから、南、東、北の生徒が混ざっちゃってるね」
お、おう。
目を輝かせて話すルッツの勢いに、俺は幾分及び腰になっている。
「で、話は変わるんだけど、エルゼって北方伯の縁者なんだよ。直系では無いんだけどね。まあゲオルグは東方伯の縁者でしかも男爵家の跡取りだから、エルゼの出自を聞いてもそんなに驚かないか。ミリーだって伯爵家の人間だしね。それで、こちらの3名は北方伯領出身。だから……彼らは北方伯の関係者には逆らえないんだ。領民が領主に刃向かったらどうなるか、魔力検査前の子供でも分かる問答だね」
「私は分家の人間です。父は北方伯領の一部の土地や領民の管理を任されていますが、私は領民をどうこう出来るほどの強い権力を持ち合わせていません」
エルゼは落ち着いた口調で、ルッツの言葉を否定した。しかしその赤い眼は未だ俺の表情を捉えている。
「上の者がそのように考えていても、下の者はそう思わないからね。現に入学してから今日まで、俺が見る限りエルゼと3人の間には上下関係が有り、対等では無いように思えた。まあ本当に凄い権力を有していたら、こんな不遜な話をしている俺の首なんてこの場で跳ねられてしまうのだろうけど」
「裁判も無く民を斬り捨てるなど、分家や北方伯本家どころか、例え王家でも非難させるでしょう」
エルゼが力無く首を振った事で、赤眼がようやく俺から視線を切った。
敵愾心を感じないにしても、黙ってじっと見つめられていると不安になる。無言の圧力が無くなった事で、俺は少しホッとした。
「裁判で俺が負けない事を祈ってるよ。それでね、実を言うと1組の中に、エルゼよりもずっと北方伯に近い血筋の生徒が居るんだ。名前は……なんだっけ?」
「カーステン。現北方伯第1夫人の歳の離れた弟君です。親子ほどに歳の離れた弟君を夫人はたいそう可愛がり、北方伯も目を掛けているようです。私と血の縁は全く有りませんが」
エルゼは再び俺に視線を向けて来たが、その眼から発せられる圧力は先程よりも幾分弱まっているように感じられた。
「そうそう、カーステン。これがまた悪餓鬼でね。平民が嫌い、魔力の低い者が嫌い、そして同い年のエルゼの事が大嫌いらしく、昔からちょくちょくエルゼにちょっかいを出していたらしい。それは入学して別々のクラスになってからも続いたようだね。そしてイジメの対象はエルゼだけでなく、エルゼに付き従う北方伯領の領民にまで広がっていったんだ。その結」
「す、す……すみません」
ルッツの長話を遮るようにして声を発したのは、俺の目の前に座る女の子だった。未だ顔を上げずに俯いたままであったが、その顔から卓上にポタポタと液体が滴っていた。
「私が、ダメだったんです……騎馬戦のみんなを……裏切ってしまったから。私があんな口車に乗らなければ……エルゼ様もカーステン様の指示に従う必要は……」
「大丈夫ですよ。貴女は1度誤ちを犯してしまいましたが、その件は既にミリー達やカチヤ先生から許されています。私も、貴女を恨むような事はありません。むしろ、私の身内の行動を申し訳なく思っています」
「すみま……」
はらはらと涙を流しながら謝罪を続けようとする女の子の肩に手を回したエルゼは、そのまま女の子の顔を自分の胸に押し当てるようにして優しく抱きしめた。
「騎馬戦準決勝再試合前のミリー達にゲオルグが魔導具を渡しただろ。それを1組のカーステンに密告したのは彼女なんだ。でも審議の結果、その魔導具は試合に使われていないと判断されて異議申し立てが退けられたから、カーステンは随分恥を搔いたらしいけどね。で、その話が団体戦の八百長に繋がっていくんだけど……続きは彼女が落ち着いてからにしようか。お姉さん、また同じ物を」
長々と喋っても疲れた様子を見せないルッツは、再びエマさんを呼び止めた。




