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俺は魔法を使いたい  作者: 山宗士心
第13章
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第1話 俺はマリーの個人戦優勝を祝う

 武闘大会初日の全試合が終わった時刻、大空から試合を見守っていた日はその身の半分ほどを西の山々に隠していた。


 訓練場横の広場で屋台を出していた者達は、訓練場を出て帰路に就く生徒達を相手に最後の商売を始めている。


 馬術施設で開いていた俺達の屋台は、馬術競技の決勝戦が終わった時点で閉店となり、既に片付けを終えていた。


 肉まんも餃子もおやきも、売れ残りは多少有ったらしい。流石に明日まで残してはおけないので、店を任せていた先輩達に給料と共に持って帰ってもらった。


 でも、もしこの広場に屋台を構えられていたら、全て売り切っていたと思う。そのまますんなり家に帰るのを惜しむ生徒達が広場に留まり、屋台の軽食を片手にこれまでの試合について熱く議論を繰り広げていて、広場はまだしばらく人で溢れているだろう。


「来年は広場の場所を確保出来ると良いですね」


 早くも来年の事に目を向けたマリーが、すぐそこの屋台で買った豚肉の串焼きに齧り付く。別の手にはもう1本、まだ口を付けていない串焼きが握られている。


 厚みのある豚肉から広がる脂と香草の香りが鼻をくすぐる。空腹の身にはつらい香りだ。


「ピリッと舌を刺激する香草の塩梅がちょうど良いですね。味付けは塩だけのようですが、とても美味です。でも、醤油を使うともっと合うかもしれません」


「醤油を使うなら砂糖か何かで甘味も付けて、甘辛いタレにするのも良さそうだね。ああ……腹減った」


 グウとなる腹を押さえた俺に、マリーはまだ齧っていない串焼きを差し出して来た。


「我慢しないで食べたらいいじゃないですか。まだ仕事が有るんですよね?何も食べないと、祝勝会に参加する前に倒れちゃいますよ」


「まあそうなんだけどね」


 マリーの指摘通り、俺達食品管理部の仕事はまだ終わらない。全ての屋台が閉店するまで広場の見回りを続け、その後も今日の反省と明日に備える会議が行われる予定だ。


 で、その会議の後、10組の祝勝会に参加する事になっている。場所は鷹揚亭。エマさんに相談すると快く引き受けてくれた。今頃祝勝会に参加する生徒達はエマさんと一緒に鷹揚亭へ向かっている頃だろう。


「久し振りの鷹揚亭だから腹を空かせておきたいんだよ。今日は色々あって、エマさんの屋台料理をゆっくり味わえなかったからね」


 俺達の屋台と並んで商売していたエマさんも当然屋台を閉じている。普段は鷹揚亭の厨房に立たないエマさんの手料理をじっくり味わう機会はそうそう無いから、俺は明日も楽しみにしている。


「ふーーん。じゃあコレ、食べちゃいますよ」


「はい、どうぞ。そもそもそれはマリーの個人戦優勝祝いとして奢った分だからね。存分に味わってくれ」


「串焼き2本でそう自慢げに言われましても」


 不満そうに顔を背けたマリーは、1本目の串に残っていた肉を口元に運んだ。


「また後日何か別の物を送るから、今日は屋台料理で我慢してよ。大会最終日の学年対抗戦でも好成績を収めたら更に奮発するし」


「……例えばどんな物を?」


「そうだねぇ。髪もだいぶ伸びてきたから、もう帽子は要らないよね。じゃあ、髪飾りなんてどう?」


「……なんかやけに機嫌が良いですね。そんなに鷹揚亭へ行くのが楽しみですか?」


「それはもちろん、むぐ」


 マリーは1度溜息を吐いて、少し冷めてしまった2本目の串焼きを、俊敏な動きで無理矢理俺の口にねじ込んで来た。


「あーー、ゲオルグ様が口を付けてしまっては私は食べられませんね。それの処分はお任せします」


 陽気な俺を訝しんで仏頂面だったマリーだが、串焼きを手放した今は口角を上げて楽しそうだ。


 まあ優勝祝いなんだし、楽しんでもらわなきゃ意味無いか。


 俺はそのまま豚肉を噛んで串から外し、少し歯応えがある肉と柔らかな脂の旨みを味わった。


「そういえば、1組は祝勝会的なモノはしないの?」


 串焼きを食べ終えて口を開くと、マリーは肩をすくめて反応した。


「優勝したのは私だけですからね。王子はやりたがっていたみたいですが、数人の取り巻きが不服そうな顔をしていたので私から断りました」


「そっか」


 俺達が団体戦で1組を降さなかったら、今頃マリーも含めた祝勝会が計画されていたんだろうか。


「団体戦で優勝していたとしても、私は祝勝会に出なかったと思いますよ。取り巻き達の相手をするのが面倒なので。だから、ゲオルグ様がそんな顔をするのは間違いです」


 申し訳ないという想いが顔に出てしまっていたらしい。またマリーが仏頂面になってしまった。


「それに、取り巻きが対戦相手に八百長を持ちかけていたのを、王子はかなり怒っていましたからね。あのまま団体戦で優勝していたとしても、王子はそれを祝う気になっていなかったと思います」


 1組との試合が終わった後、俺はプフラオメに頭を下げられた。


 頭を下げた後に「ゲオルグ君が八百長に加担していないと分かってほっとしています」と言ったプフラオメの笑顔は、いつものような和かなモノでは無く、どこかぎこちなく感じられた。負けた悔しさと、八百長されなかった喜びが、プフラオメの中で渦巻いていたのかもしれない。


「でも、決勝戦は残念でしたね。ゲオルグ様が沢山の魔導具を作っていたとはいえ、試合参加者が合計8人では持て余してしまいますね」


「そうだね。せめてミリー達5人の魔力が回復していたら、もうちょっと勝負になったと思うけど」


 5組対8組の準決勝を勝利した8組との決勝戦は、惨敗だった。


 1組との準決勝で果敢に攻め続けたミリー達5人は魔力切れを起こして倒れた。決勝戦が始まる時刻までにそれは回復せず、試合に参加する事が出来なかった。医務室のベッドの上で悔しんでいたミリー達の顔はしばらく忘れられそうにない。


 八百長が失敗に終わったヴィム達7人は、試合を放棄した。ルッツ達と争った怪我はエステルさんによって治療されたが、「もう試合に参加する意味が無い」と言っていた7人は試合時間になっても控室に現れなかった。


 ルッツ達も頑張ったが、8人では4倍以上の人数差が有る相手の攻撃を防ぎきれなかった。万全の体制で挑んでいたら負けなかったんじゃないかと思うと、俺も悔しさで胸がいっぱいになる。


「それもこれも、取り巻きのバカどもが八百長なんて画策するからいけないんです。そんな事しなくても1組は十分に力が有るのに」


「まあ最初からマリーとローズさんとプフラオメが本気を出していたら、あっという間に試合が終わっていただろうね」


 取り巻き達は予選でも八百長を行ったらしい。それを知って八百長に強く反対したマリーとローズさんは大玉の防御に回され、俺達が八百長に加担するか見極める為にプフラオメは残り5分まで積極的に攻撃参加しなかった。


 しかし俺達は3個の大玉を破壊した後、明らかに攻撃の手を緩めた。俺達は全ての大玉を壊しに行かずに逆転負けを演じようとしていると判断した王子は悲しみ、そして俺に対して怒った。


 その結果があの金属魔法。取り巻き達に攻撃を止めさせ、自分の手で決着を付けようとしたようだ。八百長されて勝ったんじゃなくて、相手が自分の魔法に手も足も出なかった結果の勝利なんだからと、荒ぶる心を慰めようとしたらしい。


 だが、プフラオメが大玉を全て破壊する前にミリー達が全て破壊した。それで王子の心は救われたのだ。


「しかしゲオルグ様。いつのまにあんな凄い魔導具を作っていたんですか?」


「いや、俺もよく分からないんだ。ミリー達にはマリーも知ってる魔導具を渡したはずなんだけどね」


 ミリーとアランくんがそれぞれ同時に大玉を破壊したらしいが、2人は「熱い何かが身体の中を巡って、それが魔導具から飛び出した」とよく分からない主張をしている。


 ミリーには重力魔法、アランくんには氷結魔法の魔導具を渡していたんだけど、防御側だったマリーはその魔法を見て「どっちもなんかピカピカと光って、どんな魔法でも防げそうになかった」と感想を述べている。同じく防御側だったローズさんにはまだ話を聞けていないが、多分同じなんだろう。


 全く理解出来ない。2人に渡していた魔導具は既に調べてあるけど、そんな効果は有り得なかった。


 2人の個人的な魔法が、何か作用したんだろうか。後日2人に試してもらって再現性が有るといいんだけど、不思議な話だ。


「不思議といえば、炎壁の1つが燃え盛っていたのも不思議なんだよな」


「あー、あれですか。どうせドワーフ言語を間違えたんでしょ?」


「いや、間違ってなかった。決勝戦で試してみたけど、3つとも同じだっただろ?」


「あーー、そうでしたっけ?」


「それに、俺達は試合開始直後、そっちの中央に有る大玉を狙ったんだよ。それなのに壊れてるのは中央右だった。発射された魔法が横に曲がる機能なんて無いのにさ」


「あーーーー」


「更にもう1つ、こっちは俺の魔導具の話じゃないけど、そっちが放った魔法同士がよくぶつかっていたのも気になるんだよね」


「あーーーーーー」


「あーあーとうるさいな」


 珍しく奇妙な行動をとるマリーを訝しんでジト目を向ける。


「すみません、ちょっと喉の調子が。んっ、んっ、あー、あー。よし、何か飲み物を買いに行きましょう。それと私はまだまだお腹が空いていますので、そちらも」


 数回咳払いをしたマリーは、眉尻を下げてまだ祝いの料理が足りないと訴えて来た。


「はいはい、話してるだけじゃ腹は膨れないもんな。じゃあ見回りがてらに少し歩こうか。俺ももうちょっと何か食べたくなった」


「はい!」


 混み合った広場の中で迷子にならないようにと手を引っ張られ、俺達はマリーの気の向くままに、しばらく屋台を見て回った。

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