第48話 俺は王子の真意を測りかねる
「おい!何やってんだお前!」
眼前の光景に混乱した俺を現実に引き戻したのは、俺の肩を揺さぶるヴィムの叫び声だった。
「お前がぼーっとしてる間に、大玉が1つ壊されたぞ!」
今もなお、炎壁が消えた空間を利用して、1組側から魔法が撃ち込まれている。俺の頭上を通過した1組の魔法を、後方の仲間達が必死に防いでいる事だろう。
「八百長するにしたって、急に手を抜き過ぎだ!あれじゃあ観客も不審がる!」
八百長遂行派のヴィムがここまで慌てるなんて、俺はよっぽど間抜けな姿を観客に晒していたらしい。
「悪い、ちょっと目眩が」
「はぁ?大丈夫なのか?」
俺の顔を覗き込んで来たその心配そうな表情は、とてもとても予想外だった。
「なんだその驚いた顔は。もうちょっと粘って観客を楽しませるんだろ?頼むぞ」
「ああ、大丈夫だ。すぐに別の壁を作ろう」
頬の筋肉を無理矢理動かして笑ってみせた。
不審がるその顔から目線を動かして、相手陣地を見据える。
中立地帯と敵陣の境界線ギリギリに7人の生徒が陣取ってこちらに火魔法を放っている。
その中にプフラオメの姿は無かったが、他の6人に何か指示を出している1人がこちらにニヤニヤとした視線を向けていた。
列のずっと向こう、敵陣深い位置に有る大玉の前にはマリーの姿が見える。距離が有るからその表情までは正確に判別出来なかったが、なんとなく笑っているような気がした。
まあ馬鹿みたいに惚けて立ち尽くしていたみたいだから、笑われるのは仕方ないけど。
「水壁」
恥ずかしさと苛つきを言霊に乗せて、炎壁が無くなった空白地に新たな壁を建設する。
間欠泉の如き勢いで地面から噴出した水柱が、その上空を通過しようとした火球をパクリと飲み込む。噴き出し続ける水柱の1柱1柱が連なって壁となり、炎壁と変わらぬ大きさの立派な壁が瞬く間に出来上がった。
新しく生まれた水壁の左端が既存の炎壁と接触する。それらは共生する事無く、自らの存在を掛けて激しくぶつかり合う。
冷気と熱気の喧嘩の結果水蒸気が生まれ、白霧となって辺りに広がり始めた。
「で、これからどうするんだ?」
水壁の完成を見届けたヴィムが、先程使った嵐球の魔導具に魔力を補充しながら聞いて来た。
「その魔導具は火球や土塊の何倍も魔力を注がないといけないから、もう使わない予定で」
「はぁ!?こんなに威力のある魔導具を使い捨てるのかよ。……それも八百長の為か?」
「まあそうだね。同じ魔法ばかりでは観客も飽きるだろうから、次は別の魔法を使おうかと」
「それならそうと先に言え」
「ははは、ごめんごめん」
ジト目をこちらに向けて来るヴィムから目線を逸らし、背後を振り返る。
空に浮かんで並んでいた5つ大玉の1つ、敵陣に向かって右端の大玉が破壊されている。あれは火属性の大玉だったはず。1組の地上組が好んで使っていた土魔法が直撃したんだろう。どれくらいの時間呆然としていたのか分からないが、相性が良ければ、初歩的な魔法が数発当たっただけでも簡単に壊れるのが大玉だ。
これで2対1。まだまだ壊されるつもりは無かったが、壊れてしまったのなら仕方ない。
俺は次の一手を考えながら、中央を守るミリーの下へヴィムと共に向かった。
「ふーーん。でも私達は最初に中央の大玉を狙ったんだよ?まあ、狙いは勘だったけどさ」
試合中に棒立ちになっていた件をミリーに咎められてその理由を説明すると、ミリーは納得いかないとばかりに口を尖らせた。
勿論俺だって納得していない。例え狙いが少しずれたとしても、中央右の大玉に当たるはずが無い。5つの大玉の間隔は十分に離れているんだから。
「まあ理由は兎も角、今狙っている地点の大玉は既に壊れてるって事ね。おーーい!みんなー!」
ミリーが声を張り上げ、中央の大玉を狙うようにと指示を飛ばしながら移動する。
アランくん達はその指示に従い、魔法を撃ち込む地点をやや左に修正した。
「おい、次はどうするんだ?」
ミリーが居る間は口をつぐんでいたヴィムが再び起動した。流石にミリーと喧嘩するのもそろそろ飽きたらしい。
「もう少しで炎壁が消滅する時間だから、その頃合いで左端の大玉を狙おう」
ローズさんが守っている大玉だ。上手くいくかは分からないけど、出来ればここで1度攻撃しておきたい、
リュックから2種類の新しい魔導具を取り出して、ヴィムの仲間に手渡した。
「それまでは防御重視でよろしく」
「もしミリー達が中央の大玉を破壊出来て、俺達も左端を破壊したら4対1だぞ。本当に大丈夫なんだろうな?」
八百長を忘れるなよと睨んで来るヴィムに、俺は大丈夫だと答えた。
「右端の大玉を守っているのは個人戦で優勝したマリーだ。一緒に暮らしているマリーは、俺がどんな魔導具を持ってるかも熟知してる。マリーが守る大玉は多分俺の魔導具では壊せない」
「多分じゃ困る。それに、1組の連中が俺達以上に大玉を壊せないかもしれない。俺達は3つ壊すところで、手を止めておくべきだ」
ヴィムの主張に仲間達も首肯する。3つも壊せたら観客も満足だろうとヴィムは判断したようだ。
「4対1からの逆転勝ちの方が盛り上がると思うけどね。まあそれが不安だって言うなら、攻撃は控えて壁を張り直すだけにしよう。ミリー達には頑張ってもらうけど、それで良いね?」
俺が譲歩すると、ヴィムは満足そうに頷いた。
「それで良い。まったく、1組がもっと凄い魔法を使ってくれたら、俺達も簡単に負けやすいのに。あいつら、意外と大技使って来ないのな」
炎壁を越えて来た土塊に目を向けたヴィムが、金属魔法の魔導具を使用する。見事命中して土塊を破壊したが、ヴィムは不満そうだった。
「最初は驚いたが、流石にあの攻撃も単調でつまらなくなったな」
ヴィムの仲間達も、金属魔法や水魔法を使って、飛来する土塊や火球を迎撃している。何度も見た相手の上下2段連携攻撃にも慣れたらしく、いつの間にかヴィム達は対応出来るようになっていた。
ヴィム達って意外と優秀だよな、なんて言ったら怒るだろうか。
しかしヴィムの言う通り、1組が使うのは簡単な魔法が多い。攻撃する時は一斉に魔法を放って来るが、攻撃間隔は割と長くて、こちらが反撃する余裕も十分に有る。
何か狙いが有るんだろうか。決勝戦に備えて魔力を温存するとか?
温存して負けたら、言い訳のしようが無いけどな。
炎壁に変わる壁の魔導具を用意しながら、俺はプフラオメの真意を測りかねて首を捻っていた。




