第47話 俺は試合中に違和感を感じる
何かおかしい。
俺が違和感を感じたのは、炎壁を超えて来ようとする相手側の魔法に対してだった。
それは中盤戦に差しかかった頃。
炎壁で奪った1組の視力が完全に回復し、散発的だった向こうの攻撃が段々と苛烈になって来た頃合いだった。
1組は5人の生徒が飛行魔法を使って空に浮かび上がっている。
それらは、炎壁によって隠れてしまったこちら側の大玉の位置やこちらからの攻撃を、飛行魔法が苦手な地上組に伝える人員である。更に、地上組が攻撃する際は、上空組も連動して攻撃を仕掛けて来ていた。
炎壁の上端ギリギリを掠めるように弧を描いて飛んで来る地上組の魔法と、天空から斜め下に叩き込まれる上空組の魔法の、上下2段の連携攻撃。
これがなかなか厄介で、飛行魔法が使えず地上に貼り付いている10組の生徒はなかなか上段の魔法を狙い撃てずにいて、既に何発か、こちらの防御網を潜り抜けた魔法が大玉に直撃している。
属性相性のおかげも有ってか幸い大玉は壊れなかったが、このままこの状況が続くのは明らかにこちらが不利だ。
飛行魔法を常時使いながら別の属性魔法も使用して攻撃に参加出来る程の実力者が、マリーとローズさん以外に5人も居るとは思わなかった。多分プフラオメも出来るだろうが、その姿は空には無い。
反対にこちらは誰も飛行魔法が使えない。炎壁使用前の1分間で記憶した相手大玉の位置を思い出しながら、感覚で攻撃魔法を放っている状況だった。
そんな状況でも、向こうの視力が完全に回復していないうちに、俺達の魔法が向こうの大玉を捉えて1つ破壊したと実況の声で知り得た。しかし向こうの視力が戻った今、壁で向こう側が見えないのはこちらが圧倒的に不利だ。
試合開始当初の時間稼ぎの為に炎壁を使用したのは間違いだったかもしれない。それでも大玉を1つ破壊出来たんだから今更それを悔やんでも仕方ない。問題は、壁が時間経過で消えた後にどうするかだ。
そんな事を考えながら何回目かの攻撃をミリー達と防いでいた時、そのおかしな現象が気になった。
地上組と上空組が放った魔法が、炎壁の上を通過する時、ぶつかるのだ。
1度それを見た時は偶然かと思ったが、何度も起これば偶然とは思えなくなる。たった今も、地上組が放った土塊の1つに、上空組が放った火球の1つがぶつかっていた。
「これで4回目だね。上と下、どっちが悪いんだろ?」
飛来して来る土塊に向かって金属性の刃を放ちながら、ミリーも不思議そうな顔をしている。
今回は上空組の火球が下に下がり過ぎたんだと思う。ぶつけられた土塊は他の土塊と同様に炎壁上端ギリギリを飛んでいたから、地上組は土塊の操作を誤っていないはず。
その前は、土塊が少し上に上がり過ぎていたようだけど。
2つの魔法がぶつかると、消えるのは火球だけ。土塊はぶつかった衝撃を力に変えて、他の土塊よりも飛翔速度が増している。そういう時間差攻撃的な狙いが有るのかとも思ったが、でも。
「土塊は変な方向に飛んで行ってるし、敢えてぶつけてるんじゃないんだよね?」
ミリーの言う通り、ぶつかった衝撃で起動を変えた土塊は明後日の方向に飛んで行っている。
これではあえて火球を当てる意味が無い。単純に2つの魔法が無駄になるだけだ。
「俺達の注意を逸らす為、とか?」
水球を発射して残りの火球を迎撃しているルッツが自分の考えを口にする。
それも有り得る考えだけど、4回もやられると流石に慣れる。慣れた頃合いを見計らって、別の一手を狙っているんだろうか。
「おい、ゲオルグ。そろそろ手を抜いてもいいんじゃないかな?」
「まだ試合時間は半分以上残ってるんだから、もうちょっと観客を楽しませよう。攻撃よろしく!」
「チッ、まだかよ。本当に大丈夫なんだろうなぁ……『嵐球』」
俺の言葉に渋々従ったヴィムが風属性の魔導具を起動する。
それと同時にヴィムの仲間達も順番に言霊を口にして、轟々と音を立てて渦巻く強力な風属性の球が生まれた。
生まれたバスケットボール大の嵐球は11個。仲間を待たずに最初に発射したヴィムの嵐球が、真っ直ぐ炎壁に向かって突き進む。
真っ直ぐ飛翔する嵐球が、炎壁に衝突し、炎壁に負けて霧散しながらも周囲の炎を道連れにする。
霧散した嵐球が炎を削ったその跡地に、2つ目の嵐球が間髪入れずに飛び込んだ。更に炎を散らしながら、3つ目、4つ目。
6つ目の嵐球がぶつかった時、自身の勢力を弱めながらもそれが炎壁を貫いた。
そこに飛び込む残り5つの嵐球。炎壁に出来た小さな穴を、5つの嵐球が列をなして通過した後、炎は再び燃え上がって自身の汚点となる穴を塞いだ。
「1組の意表を突いて炎の壁を突破した魔法群!そのまま勢いを衰えず、1組の大玉を穿ち抜いたぁああ!」
訓練場内に響き渡る実況者の声。
ミリーは満足そうに頷き、ヴィムは大きく舌打ちした。
6つ目で突破か。案外脆かったな。向こうの大玉を破壊出来たのも運が良かった。土や金属性の大玉なら難しかっただろうし、何より大玉の位置は勘である。
しかし、勘で2回も上手くいくか?
「ゲオルグ、壁が!」
新たな違和感を胸に抱いたその時、右側の、他の2つより勢い良く燃え盛っていた炎壁が、ゆっくりとその勢力を衰えさせ始めた。
「ミリー隊とヴィム隊はこの場で待機して迎撃重視。動きが無ければ適当に攻撃して」
右側に向かって走り出しながら指示を出す。
俺に付いて来る3人の姿を確認した後、これからどうするかと考えを巡らす。
炎壁が消える前に新たな壁を張るか、あえて壁を作らずに向こう側の様子を確認するか。
確認するまでもなく、中央とその左の大玉が壊れているはずだが、もう1度大玉の位置を見ておきたい気持ちも有る。
よし、大玉が確認出来る高さまで炎壁の高さが下がるのを待とう。大玉の位置が確認出来たら、壁を張り直す。これで行こう。
「こちらに魔法が飛んで来たら迎撃して。無理しなくていいから」
付いて来たルッツ達に指示を出した後、俺は次の壁を張る準備をして待った。
「あれぇ?」
自分でもびっくりするくらい素っ頓狂な声が出た。それくらい、目の前の光景に驚いた。
炎壁の勢いが衰え、向こう側の大玉が見えるようになって。
「何で中央の大玉が残ってんだ?」
5つの大玉のうち2つの大玉が壊れていたが、それは中央と中央左ではなく、中央右と中央左の2つだった。
その状況を理解出来なくて、俺は新たな壁を張る事を忘れてしまっていた。




