第40話 俺はローズさんの言葉に引っ張られる
「これからクラス対抗戦に挑む方に言うのもなんですが、出来れば今日はこれ以上魔力を消費しない事をオススメします」
「はい、なるべく『魔法』は使いません。お世話になりました」
すっかり元気になったマリーが主治医に対して深々と頭を下げた。それに倣って、俺達も頭を下げる。
「マリーがお世話になりました」「ゲオルグがお世話になりました」
ゲオルグが、と言われて俺はローズさんを睨み付けた。
いかんいかん。これ以上ローズさんと喧嘩したらまた面倒な事になる。ここは聞き流して穏便に済ませよう。
王子からの2度の謝罪だけで取り巻き達の蛮行を許した俺だ。ローズさんの口の悪さを許容する事くらい、出来る出来る。
「じゃあ行きましょうか」
微妙な空気が流れる俺とローズさんの間に割り込んだマリーが、両人の手をしっかりと握って扉の方へ歩き始める。
戸惑う2人をグイグイ引っ張るマリーだが、そのまま行ったら。
「おいちょっと」「危ないわよ」
2人の声が重なり、それぞれが差し出した手がドアノブの上で重なる。
「ふふふ、仲良しですね」
ドアノブを取り合って睨み合う2人を見て、エステルさんが楽しそうに笑っていた。
俺達が医務室を出た頃、馬術施設では10組対8組の雌雄が決していた。
勝ったのは、10組。
ミリー達は1組との引き分け再試合を含めた3連戦目だったが、連戦の疲れを物ともせずに奮闘し、予選で8組に負けた雪辱を果たしたわけだ。
しかし。
試合を終えて訓練場の控室にやって来たミリー達の表情は暗かった。
「試合終了後に魔導具の所持が見つかって、失格にするかどうか現在審議中?」
「うん……でも持ってただけで、使ってないんだよ?」
ミリーは目に涙を溜めて悔しさを滲ませている。他の騎馬戦参加者達も同様だが、アランくんだけは普段と様子が変わらない。
1組との引き分け再試合前に渡した魔導具か。御守り代わりだったとはいえ、やはり渡さない方が良かったな。
「だから、ごめん……証拠品だと、魔導具も取り上げられて」
魔導具はまた作るから、それは良いんだけど。
しかし、よくアレを魔導具と断定出来たな。魔石を露出させないようにして、一見では魔導具と分からないように作ったんだけど。
「私達も服の下に隠してたんだよ。見つかるはずが無いのに」
件の魔導具はベルトのバックル型にした。一般的なバックルよりは少し大きいけど、不自然な程じゃない。
いったいどうやって分かったんだろ?
落ち込んでいるクラスメイトの顔をじっくりと見つめて行く。
疑いたくはないけど、身内からの垂れ込みが1番怪しい。クラスを裏切る理由は、金だろうか。
「誰も裏切ってねえよ!」
俺の視線を敏感に感じ取ったクラスメイトの1人が吠えた。騎馬戦のメンバーでは無い男子だ。
他のクラスメイト達も口々に便乗する。
俺だってその言葉を信じたい、が。
「分かった。俺達じゃないのなら、お前だゲオルグ」
最初に吠えたクラスメイトが、ニヤリと右の口角を上げて持論を展開する。
なんで俺が。自分でミリー達に魔導具を渡しておいて、それをバラす理由が無い。
「自分が作った魔導具を広めるため、だとしたら?わざと試合管理部に渡して調べさせる。調べさせて、魔導具の性能を他者に知らしめる。それが凄い魔導具であればあるほど、お前の評判は急上昇だな」
俺は今までミリーとアランくん以外のクラスメイトとあまり喋って来なかったから彼の事はほとんど知らないが、饒舌に話すその姿は堂々としていて、自信家な気質が窺える。
まあ、その内容は全部間違っているわけだが。
「黙ってるって事はそれが真実って事だ。みんなもそう思うだろ!?」
水を向けられたクラスメイトの半数は、俺への嫌疑に賛同した。その誰もが騎馬戦参加者では無かったのは偶然だろうか。
随分と嫌われたもんだ。最初にみんなを疑ったのは俺だから仕方ないのかもしれないが。
ローズさんが言った『余計な事』っていうのは、こういうのも含まれるんだろうな。
「あんな魔導具が無くても、10組は勝てたんだ!それなのにお前の都合で「もうやめて!」」
俺への批難を止めないクラスメイトの声は、悲鳴にも似たミリーの叫び声で掻き消された。
「クラス対抗戦だってゲオルグの魔導具のおかげで勝ち進んだんじゃない。勝った方が、魔導具の良さを広められる!」
ミリーの意見をクラスメイトは鼻で笑った。
「しかし、騎馬戦用に作った魔導具のお披露目機会は無い。使ったら負けるんだからな!」
「ゲオルグは元々お披露目なんかするつもりも無かった!魔導具を借りたのは私の判断!文句が有るな私に言いなさいよ!」
「ああ、聞きたいのなら言ってやる!毎度毎度リーダー面するのがムカつく!笑い声が耳障りだ!服のセンスが悪い!」
「全部魔導具と関係無い!」
「そこまで」
言い争う2人の間に入ったアランくんがミリーを引き剥がす。
「試合管理部の人が呼びに来たから。クジ引き」
アランくんに言われるまで気付かなかったが、控室の入口に試合管理部員が立っていた。剣呑な雰囲気を察して声をかけられずにいたんだろう。
もうそんな時間か。クジ引きが終われば、すぐに準決勝第1試合だ。
「私行かない。リーダー面なんてしてないもん!」
「ほら、さっさと行って来いよ、り〜だ〜」
他人の目が有っても態度を改めないクラスメイトに挑発されたミリーが、アランくんの腕の中で暴れている。
こんな不協和音が鳴り響いている状況では、試合にならない。仲直りは無理だとしても、時間までに落ち着かせないと。しかし、また『余計な事』になりそうで。
「予選が終わった時にミリーの名で登録してあるから、変更は無理」
「それでも嫌!」
嫌だ嫌だと訴えるミリーを、アランくんは無理矢理引っ張って行く。いつもはミリーの意見に従う事が多いアランくんが、珍しい。
それよりも、ミリーがあそこまで取り乱すのは、もっと珍しい。
時間が無いからと試合管理部員に急かされるまで、俺は2人の取っ組み合いをただただ見つめているだけだった。




