第39話 俺は反撃を試みる
診察の邪魔だからとローズさんに医務室を放り出されたが、これから何処かへ移動する気にもなれず、医務室前の通路で診察が終わるのを待つ事にした。
廊下の壁に凭れかかり、ぼーっと医務室の扉を見つめていると、多勢の足音が耳に届く。
段々近寄って来る足音の方に目線を移すと、集団の先頭を歩くプフラオメ王子と目が合った。
柔和な笑みで手を振るプフラオメに手を振り返す。
マリーが倒れたのを聞いて、心配して来てくれたのかな。
王子の後ろを歩きながら俺に胡乱な目を向けている取り巻き達は、そんな雰囲気では無いけど。
「マリーさんは中に居ますか?」
「居るよ。診察中」
「ゲオルグ君は中に入らないんですか?」
「うん、まあ、色々と有って追い出された」
「はっは」
取り巻きの1人が笑い声を漏らした。
追い出されたのがそんなに面白かったかい?
笑い声と俺の顔に反応したプフラオメが振り返る。振り返ったプフラオメの顔を見たソイツは、慌てて表情を取り繕っていた。
プフラオメがどんな顔をしていたのかちょっと気になる。
「すみません。騎馬戦で負けて気が立っているみたいで」
こちらに視線を戻した王子が部下の不始末を謝って来たが。
ふーん。王子の目が無くなると、そんな顔で睨むんだ。
王子が謝ってるのに、その態度は頂けませんな。
「それで、僕達は入っても大丈夫ですか?」
「たぶん大丈夫だと思うけど、大勢でぞろぞろ行くのも保険管理部の人達に迷惑だから、プフラオメだけにしたら?」
ははは、そんなに俺の提案が気に食わないかね取り巻き諸君。今プフラオメが振り返ったら大変な事になるな。
「では、僕だけで御見舞いして来ます。みんなはこの場で待っていてください」
「お1人では御身に危険が!」「せめて誰か1人お側に!」
王子の決定に対して取り巻き達が口々に不満を訴え始めたが、それを無理矢理抑えて王子は医務室の扉をノックした。
ふっふっふ。いい気味だわ。
王子が1人で医務室内に入り、取り巻き達はすっかり意気消沈していた。ふふっ。
しかし大人しくなったのも束の間で、彼らの意識は同じ通路に残された1人に向けられた。
あれ?
この状態はあまりよろしく無いかも……。
「おいお前、調子に乗ってんじゃねえぞ」
あらら。
ずっと壁に凭れかかっていた俺を取り巻き達が取り囲む。
確かに調子に乗っていたかもしれない。あいつらの敵意が1人になった俺に向くのを考慮していなかった。おかげで逃げ遅れてしまった。
「暴力反対!」
「うるせぇ!」
俺の訴えを却下した取り巻きの1人が握り拳を振り上げる。
あぶねぇ!
咄嗟に屈んだ俺の頭上を通過したその拳は、勢いをそのままに通路の壁と激突した。
「ぐぁぁが」
骨が折れるような耳障りな音と、痛ましい悲鳴が通路内に拡散する。
自分の力で拳を痛めるとかなんだよ。全く手加減無しで殴りかかって来たのかコイツ。危ないヤツ過ぎるだろ。
「逃げんな!」
屈んだままの俺に向かって、別の取り巻きが足を蹴り上げる。
流石にそれは避けられない。
右腕を差し出して蹴りを防御するが、それはかなりの衝撃で、俺は屈んだままの姿勢を維持出来なかった。コイツも手加減無しか。
姿勢を崩して床に倒れた俺を誰かが思いっ切り踏んづけた。他の取り巻き達も混ざって、何度も何度も踏まれ続けた。
体中から痛みの信号が脳に届く。意識を失わず、ずっと痛みが継続する状態。辛過ぎる。
ああ、そろそろ反撃しても許されるよな?
多少やり過ぎても許されるよな?
「おい!なんの騒ぎだ!」
魔導具を起動させようと決心した俺の動きは、騒ぎを聞いて医務室から出て来た保険管理部員の声によって押し止められた。
おい!お前らも踏むのを止めろ!
「はい、治療終了です。栄養剤を渡すので、後で飲んでおいてくださいね」
「……ありがとうございます」
壁を殴って拳を損傷させた取り巻きが、渋々といった様子でエステルさんに礼を言った。
回復魔法だぞ、もっと有難がれ馬鹿野郎。きちんとエステルさんに頭を下げろ。
「バカはアンタよ!」
「いて!」
呆れた表情を携えたローズさんの拳骨が、俺の頭頂部に落下した。
「アンタが居ると騒がしくなるから追い出したのに、なんですぐそこで騒ぎを起こしてるのよ!」
俺が悪いんじゃないぞ。アイツらが絡んで来たんだ。俺はボコボコにされた被害者だ!
「どうせアンタが何か余計な事を言ったんでしょ。そうじゃなきゃプフラオメが1人で行動するわけない」
ぐぐぐ。しっかりバレてる。
「まったく。病み上がりのマリーが心配するから、自重しなさい」
はーい、以後気を付けまーす。
「じゃあ次はゲオルグさんの治療ですね。どこか痛むところは有りますか?」
「ついさっき殴られた頭頂部が特に痛みます」
「それが『余計な事』だって言ってんのよ!」
エステルさんの質問に真面目に答えた結果、またもやローズさんの拳骨が飛んで来た。
踏まれた怪我は既に治っていて痛くないんだから、そういう返答になるのは仕方ないじゃないか。
「小声でぶつぶつ言ってないで、なんか文句が有るなら大きな声で言いなさいよ。一応聞くだけ聞いてあげるから」
ローズさんは笑顔を作っているが、両拳を握りしめて次の攻撃準備をしている。
うん、何を言っても結果は同じだな。
ローズさんの鉄拳がこれ以上飛んで来ないようにする為、俺は反撃する事を諦めてエステルさんに助けを求めた。




