第38話 俺はローズさんに叩かれる
「で、アンタは応援に行かないの?」
一頻り笑って落ち着きを取り戻したローズさんが、思い出したかのように口を開いた。
ミリー達の応援か。今から馬術施設に向かっても、もう間に合わないんじゃないかな。
それに、マリーの様子も気になるし。
「走れば試合後半に間に合うと思うけど、まあ、ゲオルグがそれで良いなら、ちょっと話に付き合いなさい」
ローズさんは近くにあった丸椅子を2つ運んで来て、俺に1つ差し出した。
「ゲオルグってさあ……マリーの事どう思ってるの?」
「どう、と申しますと?」
丸椅子に腰掛けたローズさんが急に神妙な顔付きになった事に驚いて、思わず口調を変えて反応した。
何か、あまり良くない話をされそうな予感がするんだけど。
「マリーの将来についてゲオルグはちゃんと考えてるのかって話よ」
「ええっと、将来についてはマリー自身が考えて決めればよろしいのでは?」
「はぁぁぁあああ」
ローズさんは眉間に皺を寄せて盛大に溜め息を吐いた。
どういう意図でその話題を始めたのか分からないけど、俺がマリーの進路を決めるのは違うだろ?
職業選択は自由なんだから、自分の好きな仕事に就けば良いんだよ。
「仕事の話だけじゃないけど、じゃあマリーがフリーグ家を出て他の家に行っても構わないって言うのね」
「マリーがそうするって決めたのなら、それで良いじゃないか。俺が口を挟む問題じゃない。俺が出来る事は、マリーが自由に、マリーの好きに生きられるようにする事だ」
「本気で言ってる?」
ローズさんは眉間に皺を作り続けている。
「俺はいつだって本気だよ」
「ゲオルグが本物の馬鹿だって事は良く分かったわ」
ローズさんは相変わらず口が悪い。
「どの辺りが馬鹿なのか説明を要求する」
「全部よ全部。誰がどう聞いてもアンタを馬鹿と表現するわ」
ローズさんは説明を面倒くさがる傾向が有る。
理由を言ってくれないと、こちらとしても改善のしようが無いんだが。
「あら、目覚めたのねマリー」
ローズさんに反論する文句を考えていると、ローズさんの視線がベッドに移った。
「あーー、ここは?」
「医務室。無茶し過ぎてゲオルグに運ばれたのよ」
目覚めたばかりで戸惑うマリーに向けたローズさんの表情には、先程まで有った眉間の皺が無くなっていた。
ずっとあの表情なら、ローズさんも可愛いんだけどな。
「じゃあエステルさんを呼んで来るから。ゲオルグと試合の話でもしてなさい」
マリーに優しく微笑んで、ローズさんはベッドから離れて行った。あんな表情向けられた事有ったかなぁ。
「ゲオルグ様、ありがとうございます」
ローズさんが居なくなったところで、マリーが口を開いた。
「運んだ御礼なんて要らないから、エステルさんが来るまで寝てな」
頭を下げようとしたのか、ベッドの上で体を起こそうとしたマリーを止めさせる。
意外と早く目が覚めたけど、魔力量は通常まで回復していないはず。無理に起きる必要は無い。
「それだけじゃないんですけど、まあ色々と、ありがとうございます」
ベッドに横になったまま、マリーは少しだけ顎を引いてお辞儀の姿勢を示した。
「はいはい、どういたしまして。ところで、1つマリーに言いたい事が有るんだけど」
マリーが目覚めたばかりで直ぐに言う話じゃないかもしれないけど、なるべく早く口にしてスッキリしたい話題が有る。
「私が秘技を使った件ですか?」
頭を下げようとした時よりも申し訳なさそうに口にしたマリーの先読みは当たっていた。
「ちょっとだけね、狡いと思うんだよ。魔法じゃないかもしれないけど、魔力は消費したわけだし」
「はい、申し訳ありません。今すぐ試合管理部に説明して、私を失格にしてもらいます」
再び体を起こそうとしたマリーの肩を無理矢理押さえ付ける。
「いや、何もそこまで」
「いえ、ゲオルグ様が納得していないのであれば」
「いや」
「いえ」
あーだこーだとしばらく押し問答していると、
「こら!大人しくしてなきゃダメよ!」
ローズさんの怒声と共に俺の頭頂部に衝撃が走った。
「叩くなよ!俺は起き上がろうとするマリーを抑えていただけだぞ!」
「ゲオルグが変な事言わなかったら、マリーは大人しく寝てたわよ」
「確かに秘技の件を振ったのは悪いかもしれないけど、マリーは最初から起きようとしていたぞ」
「取り敢えずゲオルグは外に出なさい。ゲオルグが居ると、エステルさんの診察の邪魔だから」
俺の反論を無視したローズさんに腕を引っ張られ、無理矢理椅子から立たされる。
「ゲオルグ様、すみません。話はまた後で」
「アンタはゲオルグに謝り過ぎ」
「あたっ」
マリーの額をピシャリと軽く叩いて、ローズさんは笑っていた。




