第37話 俺はマリーの力を知る
「左腕、ちゃんと治療してもらいましたか?」
クロエさんが俺の左腕を心配そうに見つめている。
そういえばさっきの試合の後半、両手で剣を握っていたらマリーの二刀流に対応出来ないからと、生身の左腕を使って無理矢理マリーの剣を受けていたんだった。
「魔導具で治したので、もう大丈夫ですよ」
医務室に来たのにどうしてエステルさんに治してもらわなかったんだ、なんて聞かないでね。
「そうですか。それなら良いんですけど」
あまり深くツッコまれなくて、ホッと胸を撫で下ろす。
「マリーちゃんの様子はどうですか?」
クロエさんの視線が、俺の左腕から医務室の扉へと移り変わる。
「魔力切れらしいです。目覚めるには時間がかかるとエステルさんが」
「やっぱり。結構無茶な動きしていましたから」
「ちょっと良く分からないんですけど、マリーは魔法を使っていないって言ってたんですよね。何をやってああなったんでしょう?」
魔法を使わずに魔力を激しく消費する、そんな事が有るのか。
「ああ、アレはおそらく、獣人族の『秘技』と同じようなモノかと」
秘技ってあの、自身の身体能力を高めるあの秘技か。でも秘技が使うのは魔力じゃなくて『気』のはず。
「獣人族の間では秘技は気を練って使うモノだという認識ですが、魔法も学んだ私は、気も魔力も呼び名が違うだけで同じモノだと考えています。なので、秘技を使い過ぎて魔力切れ、という事です」
理屈は分かったけど、マリーはいつの間にそんなモノを。
「まあアリー様も使えますから、魔法が得意なら秘技を覚えるのも簡単なんでしょうね」
そういえば姉さんも昔、クロエさんと一緒に獣人族のバスコさんから秘技を習ってたな。
そうか、秘技か。まあ魔法とは区別出来るのかもしれないけど、結局生身の力だけで戦ったわけじゃないんだから、ちょっと狡いと思うんだ。
「しかし私の知っている秘技とは少し違うように思えたので、バスコさんから学んだのではなく、独学で考えたのでしょうか」
「多分師匠はジークさんだと思います。最近ずっと特訓していたみたいなので」
「なるほど。特訓の成果をゲオルグ様に見せたくて、あんなに激しい動きを」
クロエさんが表情を曇らせる。
クロエさんに心配させるなんて、マリーはダメなやつだな。
「そういえば、1年生の獣人族は大会に出ていないんですかね。付け焼き刃のマリーであんなに強かったんだから、秘技を使い慣れた獣人族が出ていれば、もっと活躍出来たのでは?」
雰囲気を変えようと話した話題だったが、クロエさんの表情は変わらなかった。
「残念ながら、秘技しか使えない獣人族は遠距離戦闘に不向きなので、余程の力の差が無い限り勝ち進めませんね。今年の1年生では1人参加していたみたいですが、初戦の相手がマリーちゃんでは」
「あーー、それはご愁傷様です」
「まあ魔法と違って、秘技の効果には本人の体力と筋力が影響しますから、成長途中の低学年ではまだ秘技を完璧に使いこなすには早いでしょう」
「ということは、マリーもこれから更に強くなる、と?」
「まあそうなりますね。ゲオルグ様も頑張らないと」
頑張れと言われても、何をどうしたら良いのやら。
かと言って、ジークさんの特訓を受けるのだけはゴメンだ。
あの人、むちゃくちゃだからな。
「ふふふ、随分と嫌そうな顔をしていますね。アリー様も試験前はよくそんな顔をしています。流石姉弟です」
クロエさんがようやく笑顔を見せてくれた。たまにはジークさんも役に立つじゃないか。
「マリーちゃんはもっともっと強くなりますよ。多分、アリー様よりも」
「いやいや、流石に姉さんには勝てないでしょ。魔法が使えなくなっている今戦っても、絶対に姉さんが勝ちますよ」
俺の反論を受けて、クロエさんは更に可愛らしい笑顔になった。
今の言葉の何がクロエさんの心に触れたんだろう?
そういうつもりで言った言葉じゃ無かったんだけど、クロエさんが楽しんでくれるのなら別に良いか。
クロエさんとの話を終えて医務室に入る。クロエさんは俺の話を聞いて安心したのか、医務室には入らずにどこかへ行ってしまった。
医務室のベッドの1つに近寄る。そこで寝かされているマリーは落ち着いた呼吸状態で、普段通りの顔色に戻っていた。
後は魔力量が回復して目覚めるのを待つだけか。
クラス対抗戦の準決勝には間に合わなくても、決勝戦には目覚めて欲しいな。
マリーが参加出来なくて、それでもし1組が負けたら、マリーはきっと後悔するはずだ。
「ゲオルグに勝ったんだから、マリーは後悔なんてしないわよ」
いつの間にか俺の隣に並んでいたローズさんが、マリーの寝顔を覗き込んでいる。
「何よその顔は。私だって友達の御見舞いくらいするわよ」
いや、別にそういうつもりでは。
「あーあーー。本当だったら私がゲオルグをボコボコにして優勝する筈だったのになぁ」
「はっはっは。もし決勝戦で当たってたら、今のベッドで眠っているのはローズさんになってたね」
「五月蝿いわね」
自分で話を振っておいてその切り返しはどうなの?
「ところでアンタ、騎馬戦の応援に行かないの?これから10組の決勝戦でしょ?」
「え?そうなの?」
そうか。俺が決勝戦を戦ってる間に、ミリー達は引き分け再試合をやっていたんだった。
でもそれが終わって決勝戦って事は。
「どうやらウチの組が負けたらしいわ。いい気味よね」
医務室内で騒がないように声を殺して笑うローズさんは、とてもとても嬉しそうだった。




