第34話 俺はマリーに斬りかかる
「よろしくお願いします」
試合開始の合図の後、マリーは綺麗な姿勢で一礼した。
その動きに釣られて俺も頭を下げる。
ジークさんの指導だろうか。その礼儀正しさに、俺は少し拍子抜けさせられた。
控室で威勢の良い事を言っていたんだ。開始の合図と共に打ち込んで来ると思うじゃないか。
「ふぅぅぅう」
マリーの深い呼吸が耳に届く。
一歩踏み込んでも互いの剣の切先が触れ合わない程度に、まだマリーとは距離が有る。それでも、マリーの緊張感が伝わって来る。
停学後の試験日でも、マリーはこれ程ピリピリした空気を発してはいなかった。
大事な試験よりも俺との対戦に緊張感を持って挑んでいると思うと、少しだけ自分の口角が上がった気がした。
「ふぅぅぅう」
長く深く息を吐きながら、マリーは右足を前に出して、摺り足でジリジリと慎重に近寄って来る。
左手に持つ小型の木剣を中段に構えて前方に突き出し、右手は頭上に振り上げ上段の構えだ。
左手をゆらゆらと揺らして切先を上下させながら、マリーはこちらに斬りかかる機会を窺っている。
しかし焦ったい。
これがジークさんなら既に何度も打ち合っているはずだ。あのジークさんが『慎重に行け』だなんて指示を出す筈が無い。
初めての実戦だからマリーは攻める踏ん切りがつかないんだろうか。案外マリーも弱気なところが有るんだな。
よしっ。これ以上待っても仕方ない。来ないのなら、こちらから行こう。
ジリジリと間隔を詰めて来るが攻撃して来ないマリーに痺れを切らした俺は、大きく一歩踏み出してマリーとの距離を一気に縮めた。
互いの切先が交差する距離。
俺は剣を素早く右に動かして、マリーの左手剣を大きく外側に弾く。
「はぁっ!」
マリーは外側に弾かれた左腕の動きを利用して体躯を回転させ、その回転力で上段に構えていた右手剣を素早く振り下ろす。
俺は木剣を横に倒して、なんとか攻撃を受け止めた。片手で振り下ろしたにしては、なかなか重い一撃だった。
マリーは更なる力を右手に込める。重なり合った剣がぐいぐいと押し込まれ、マリーの左手剣が嫌な動きを見せた。
一旦仕切り直そう。
俺は横にしていた剣を斜めに倒し、受け止めていたマリーの右手剣を切先方向へ受け流す。
力の向きを急に変えられたマリーは体勢を崩したように見えたが、俺はマリーを深追いせず、素早く後退して距離を取った。
どうやらアレは緊張で動きが鈍かったわけではなく、俺はマリーに上手く誘導されたらしい。
自分の意思で攻撃を始めたつもりだったが、マリーはそれを待っていた。そうじゃないとあんなに力強く、迷い無く剣を振り下ろす事は出来ない。そう思えるほど、先程の攻撃は良い一撃だった。
今体勢を崩して見せたのも、打ち込んで来いという誘いだった筈だ。
「ふぅ。流石に早々上手くは行きませんよ、ね」
マリーは喋りながら左足を踏み出し、左手剣を突き出して来る。
剣身を横に寝かせ、フェンシングのように突いて来る構えだ。
突きは3回戦の相手で充分経験した。アレより速い突きじゃない限り、対応は容易い。
案の定そこまで速くない突きを冷静に捌きながら、マリーの動きを観察する。
左腕は連続で突きを放っているが、マリーの右手は再び上段に構えている。隙を見せればまたあの剣が振り下ろされるって事だ。
振り下ろされると分かっていれば対応のしようもあるが、本当にそれだけか?
マリーには何か、切り札のようなモノが有るに違いない。
その迷いが、もう1度踏み込んでマリーに攻撃を仕掛ける気持ちを削いでしまう。
何かキッカケが欲しい。
大きなモノで無くてもいいから、マリーに対して有利になれるようなキッカケが。
俺はマリーの突き攻撃を捌きながら、マリーの隙を見極めようと必死に目を見開いていた。
「これまた随分と地味な試合に」
耳に届いた実況の声に、地味で悪かったなとひとりごちる。
「まあ魔法に比べたら剣術の試合は」
マリーの突きを捌きながらも少し余裕が出て来た俺の耳に、周囲の雑音が雪崩れ込んで来た。
「つまらないと感じたのか、席を立つ観客がちらほら」
「休憩は大事で」
「この決勝戦の後はクラス対抗」
「やっぱり個人戦より団」
途切れ途切れに聞こえる実況解説の声に、少しだけ腹を立てる。
面白くないと思うのは勝手だが、少し黙っていてくれ。俺だってこのまま防戦一方では良くないと考えてる。
しかし、少しずつフェイントや緩急を織り交ぜ始めたマリーの攻撃に対応するのがやっとで、反撃する機会がなかなかやって来ない。
流石、ジークさんの特訓だな。
こちらも、肉を切らせて骨を断つ、くらいの覚悟で再び前に行く必要が有るか。
うん、攻めるぞ。
まだ何もキッカケを掴んでいないが、あと5回攻撃を凌いだら、再度1歩踏み込む。
そう覚悟を決めて、俺はマリーの攻撃に神経を研ぎ澄ませた。




