第33話 俺はマリーの提案を聞く
「さあ、そろそろゲオルグ選手とマルグリット選手が入場する時間ですが、資料によりますと、この2人は幼馴染のようです」
「勝手知ったる者同士。ゲオルグ選手はこの組み合わせに絶望しているでしょうね」
「これまでマルグリット選手は多彩な魔法で相手を翻弄し、自身の魔導具を1つも壊される事無く、時間内に相手の魔導具を2つとも破壊して勝ち上がって来ました。それに対してゲオルグ選手の試合は、なんと言いますか、泥臭いものでしたね」
「そうですね。泥臭く戦って、なんとか勝ち上がって来れたという印象です。もう1度同じ相手と戦えばおそらく勝てないでしょう」
「ゲオルグ選手が決勝に残れたのは運が良かったからだ、という事でしょうか」
「運以外にも、ゲオルグ選手がこれまでの相手に対して有利だった点は有ります」
「と言いますと?」
「今までの相手はゲオルグ選手の戦い方を知らなかった。魔導具を駆使するゲオルグ選手は試合後半で魔力切れを起こす心配が無いので、最初から最後まで全力で戦う事が出来ます」
「なるほど。準決勝も試合時間ギリギリまで隠れて粘っていましたね」
「魔導具を数多く用意してこの戦い方を選んだのは、おそらく姉のアリーさんから助言を貰ったからでしょう。アレは去年のアリーさんの戦い方を彷彿とさせます」
「しかし去年のアリーさんはもっとこう、気持ちの良い勝ち方をしていたという記憶が残っていますが」
「そこは個人の能力差でしょね。アリーさんは何をやらせても超一流ですからね」
「その意見は少し個人贔屓が過ぎる気もしますが」
「はっはっは」
「話を戻しますと、今回の対戦相手は知人同士で、ゲオルグ選手はその相手に絶望していると仰いましたが、その真意は?」
「ゲオルグ選手の戦い方を把握しているマルグリット選手には長期戦になる覚悟が出来ている、という事です。ゲオルグ選手が最初から逃げや防御に徹すると分かっているなら、それに合わせて自身の魔力を温存出来ますよね。試合時間ギリギリまで粘って相手の魔力切れを狙うゲオルグ選手にとって、戦法がバレているのは致命的です」
「なるほど。では勝者はマルグリット選手で間違いないと」
「試合をする必要すら感じませんね」
「では観客の皆さんにはマルグリット選手がどのような勝ち方をするかだけを楽しみに観戦して頂きましょう」
「ふふ、随分と勝手な事を言う人達ですね」
楽しそうにベラベラと喋る実況解説の声を扉越しに聞きながら、マリーが笑みをこぼした。
俺達は訓練場へ入る準備を終えて、扉の前で時間まで待機しているところだ。
ここまで俺達を誘導してくれた試合管理部員が、ちょっとだけ申し訳無さそうに苦笑いを浮かべている。連れて来るのが早過ぎたとか思っているのかもしれない。
別に俺は何を言われようが気にしていないんだけどな。
「まあ、あの解説も概ね当たっているんですけどね」
そう、概ね、ね。
間違っているのは『俺が絶望している』ってところくらいか。マリー以外なら優勝出来た、と思うほど自惚れてはいないつもりだ。
「ゲオルグ様。この試合に関して1つ提案が有るのですが、聞いて頂けますか?」
そんなに真剣な目で見つめられたら嫌とは言い辛いが、八百長しようって話じゃないよな?
「試合管理部の人が横に居るのに、わざと負けてくださいなんて言いませんよ」
それもそうか。
「八百長の口裏合わせじゃなくて、選手同士で試合のやり方を決めたいのですが、それは規則の範囲内で有れば問題無いですよね?」
マリーから質問された試合管理部員は、互いに同意の上なら、と返答した。
俺の3回戦もそんな感じで決めたから当然問題無いだろう。
「ではゲオルグ様、お願いします」
まあ取り敢えず、どんな提案なのか聞くだけ聞いてみようか?
「さて、2人の選手が同時に入場して来ました。2人はこれからどのような試合を見せてくれるのでしょうか」
「ん?ちょっと待ってください。2人とも、武器を持っていますね。木剣、でしょうか。しかしマルグリット選手は」
「ゲオルグ選手は3回戦で1度剣を振るっていますが、マルグリット選手は武器を使った試合は今まで有りませんね」
「しかもマルグリット選手は剣を2本持っていますよ。それに、遠目からは判断し辛いのですが、ゲオルグ選手の物より少し短いような」
「ここで情報が入って来ました。2選手は事前に話し合い、この試合の結果を剣だけで決めるとしたようです」
「なるほど、そういう事ですか」
「そういう、とは?」
「マルグリット選手の両親はゲオルグ選手の実家、フリーグ男爵家に仕えています。おそらく自身の有利に試合運びをする為、ゲオルグ選手が親の権力を使って無理矢理にそうしたのでは、と。つまり、マルグリット選手がわざと負けるように仕向けたんですよ。最低な男です」
「しかし、情報を持って来た試合管理部員によると、入場直前にマルグリット選手から提案したと」
「そういう事にしたんでしょう。おそらく話はもっと前に決めてあったと思いますよ。はぁ。アリーさんの弟がこんなに狡猾な人間だったとは、残念です」
「すみません」
互いに剣を握って向き合い、審判の開始合図を待つ中で、マリーが謝罪の言葉を口にした。
「あんな風に解説されるとは、ちょっと予定外です」
そうだろうね。俺も驚いてる。
「すみません」
気にするな。提案を受け入れたあの時の俺が剣なら有利だと思っていたのは事実だ。
まあ、小太刀二刀流で来るとは思っていなかったけどな。
いつのまにそんな戦い方を身につけたんだ?
「父の特訓で、無理矢理」
ああ、最近ジークさんが楽しそうにしていたのは、娘にこれを仕込んでいたのか。全く迷惑な話だ。
「ふふふ。『私に負けたらゲオルグ様にも特訓を受けさせる』だそうですよ」
あーー、それは面倒だ。ちょっと頑張らないとな。
「話はもういいかな?そろそろ試合を始めたいんだが」
だらだらと雑談する俺達に痺れを切らした審判に割り込まれた。
すみません、よろしくお願いします。
俺とマリーに確認を取った審判が、観客席まで届く大きな声で、試合開始の合図を発した。




