第29話 俺は2度目の治療を受ける
「今度も大丈夫そうですが、念の為に魔導具を使っておきますね」
回復魔法の魔導具を装備したエステルさんが、俺の後頭部を優しく触ってそれを使用した。
エステルさんは魔導具が無くても回復魔法を使えるが、保険管理部内の規則に従って魔導具を用いている。
今年の魔導具使用に関する統計が、来年の魔導具貸出数に影響するとか何とか。勿論無駄に魔導具を使用するのはダメで、使う必要性が有ったかは厳しく調査されるらしい。
父さんもそんな面倒な事はせずに有るだけ貸し出したら良いと思うが、回復魔法の希少性を保持したい誰かの思惑も絡んでいて大変なんだと後で聞かされた。
「はい、これも飲んでくださいね」
クロエさんの体重を乗せた肩の重しがようやく解かれて地面に座り込んだ俺に、エステルさんが栄養剤と補水液を差し出す。
本日2度目の栄養剤。あんまり美味しくない緑のどろっとした液体を一気に飲み干し、口に残る苦味を補水液で流し込んだ。
「ゲオルグ様、ちょっと離れます」
道の向こうから走って来る人影に気付いたクロエさんが、エステルさんを呼んで来た先輩を引き連れて俺達から離れて行く。
向こうから走って来たのは、俺の応援時にクロエさんと一緒に応援幕を掲げていた女性の先輩だった。
合流したクロエさん達は3人で何やら話し始めたようだが、生憎その内容は俺の耳に届かなかった。
「ゲオルグさん、大丈夫ですか?」
道の上に座り込んだままクロエさん達を傍観していると、エステルさんが目の前でヒラヒラと手を振った。
大丈夫ですよ。回復魔法のと栄養剤のおかげで意識はしっかりしています。ありがとうございました。
俺は立ち上がって手足を動かし、エステルさんに健在を示した。
「それはなにより。では私はこれで戻りますね。回復はしましたが、くれぐれも体調に気を付けて試合してください」
はい、気を付けます。
エステルさんが帰って行ったのと入れ替わりに、クロエさん達が俺に近づいて来た。
3人でいったいどんな話をしていたのか気になるが、
「ゲオルグ様、私達も訓練場に戻りましょう」
クロエさんは話については何も触れず、強引に手を引いて歩き出した。
いや、俺は馬術施設の方へ行きたかったんですが。
話の内容は兎も角、リンダさんの戦いぶりを観に行くという目的が俺には有ってですね。
「また狙われるかもしれないのでダメです。諦めて、控室で大人しくしていましょう」
珍しく強引なクロエさんによって、俺の足は訓練場方面へと動かされる。
うーん。心配してくれているのに無碍には出来ない。
クロエさんの柔らかい手の感触を感じながら、俺はクロエさんの誘導に従う事にした。
クロエさん達と控室で待つ事数分。マリー達の試合が終わったと、試合管理部員が伝えに来た。
勝ったのは、マリー。
「良い試合だった。第2戦も盛り上げてくれ」
試合管理部員の激励に御礼を伝えていると、控室の扉が開き、リンダさんが入って来た。
馬術施設から走って戻って来たのか息が乱れているが、どことなく満足そうな表情に見える。
騎馬戦、勝ったんですか?
俺の質問にリンダさんは首肯で返した。
それはおめでとうございます。因みに、対戦相手はどこですか?
「11組。面白かった」
ほほう。
口数の少ないリンダさんが自ら感想を追加するなんて、よっぽど楽しかったんだろう。出会ってからの期間は短いけど、それくらいの気持ちの機微は理解出来る。
なにせ今、リンダさんは良い顔をしてるからな。誰が見たって分かるさ。
両肩に判定用の魔導具を装備し、リュックを背負い直して控室を出ると、これまた良い顔をしたマリーがそこに居た。
「勝ちましたよ」
その表情を見れば分かるよ。おめでとう。
ローズさんは?
「さあ。何処かに隠れて悔しがっているかと思いますが、呼んで来ましょうか?」
いや、それはいい。泣き顔は見られたくないだろうし、また後で労うとしよう。
「はい。勝った私が言うのもなんですが、優しくしてあげてください」
そうだね。なんて声をかけるか、考えておくよ。
「ではゲオルグ様、いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げたマリーの横を通過して、俺は訓練場に入場した。




