第28話 俺はローズさんに気を使われる
くじ引きを終えた俺達出場者は、一旦訓練場の控室へと移動した。第1試合参加者の2人は判定用の魔導具を身に付ける必要が有るが。
うきうきと楽しそうに弾むマリーと、足取り重く沈んでいるローズさん。
既に試合の勝敗が決まってしまったかのような2人の態度に、俺は可笑しくなってつい声を出してしまった。
「なに笑ってんのよ。ほんとムカつくわね」
魔導具を身に付けているローズさんに笑い声を聞かれて、鋭い目で睨まれてしまった。
「はぁ。ここでマリーに本気を出して、決勝までに魔力回復するかなぁ」
先の事を考えて力を温存出来るほど、マリーは甘い相手じゃないと思うけど。
「そんな事は分かってるわよ。だいたいゲオルグはま……」
何かを言いかけて、ローズさんは口籠もった。
『ま』って何だよ。マヌケか?
今更ローズさんが俺への罵倒を言い淀むとは思えないけど。
「あーー。どうせゲオルグはマリーの応援をするんでしょって思っただけよ。じゃ、私先に行くから」
早口で喋ったローズさんはそそくさと1人で控室を出て行った。
それも言い淀むような内容か?
俺はどちらかと言うとローズさんに勝って欲しいと思ってるけどな。俺の魔導具を全て知ってるマリーとの方が戦い辛いから。
「ローゼは多分、『ゲオルグは魔法を使えないから分からない』って言いかけたんだと思います。魔法が使えないから、魔力が減って回復するまでの不安な気持ちが分からないんだと」
ふーーん。まあ確かに、その不安は俺には分からないね。
「途中で止めたのはローゼの優しさですよ」
それは分かるよ。普段は口が悪いけど、本気で人が嫌がる事は言わない人だ。たぶん。
「ふふ。でも応援は私の方をお願いしますよ。決勝戦でゲオルグ様と戦いたいので」
うーん。考えとく。
「考える暇は無いですよ。じゃあ私も行って来ます」
はい、行ってらっしゃい。
マリーも退室して、控室は静かになった。
俺の対戦相手のリンダさんも居ない。
試合が無いなら馬術の方へ行くと言って、くじ引きの後に訓練場を出て行った。
騎馬戦の方も試合内容の決定はくじ引きの筈だから、8組が1試合目になってるかは分からないけど。
俺はどうしようかな。
マリー達の試合を観戦する?
いや、決勝の相手よりも準決勝の相手の情報収集が大事じゃないか?
よし、そうと決まれば俺も馬術施設の方へ行こう。
騎馬戦は魔法禁止だけど、リンダさんの動き方とか判断力とか、何かしら俺が戦う時に役立つ情報が得られる、はず。
俺は背中のリュックを背負い直して、駆け足で訓練場を出て行った。
「うわっ!」
訓練場から広場を抜けて馬術施設へ向かう道の途中、ボコッと凹んだ地面に足を取られた。
勢い良く前方に倒れながらも何とか両手を出せて、顔から地面に激突する事はなかったが、正直ヒヤッとした。
傷はすぐに治るとはいえ、ズザザっと地面で擦って傷を作るのは痛いから嫌だ。
しかし、綺麗に均された地面に、なんでこんな凹みが。
「ぐっ!」
屈んだ姿勢で地面の凹みを観察していると、俺の後頭部に衝撃が走った。
脳が揺さぶられ、今度は全く受け身を取れず、顔から地面に叩き付けられた。
「ゲオルグ様、大丈夫ですか!?」
目を開くと、心配そうにこちらの顔を覗き込んでいるクロエさんと目が合った。
「今エステルさんを呼びに行ってもらっています。そのまま動かず、じっと寝ていてください」
クロエさんは地面に伏せている俺の右肩を上から押さえ付け、俺が立ち上がる事を禁じた。
「私の顔、分かりますよね?」
はい、分かりますよ、クロエさん。そんな悲しそうな顔をしてどうしたんですか?
「今の状況は、どれくらい理解されてますか?」
今の?
立ち上がらないように、クロエさんに邪魔されてる。
「その前は?」
うーーん。地面の凹みに足を取られて転けた後、後頭部に衝撃が走って、倒れた。
「そうです。実はゲオルグ様が1度後頭部を殴られて倒れた後から、アリー様の指示でゲオルグ様を監視していました。ゲオルグ様はまた、後頭部を殴られたんです」
またって。もしかして同じやつが?
「はい。しかし、ゲオルグ様が殴られたところで私達が飛び出すと、アイツは逃げ出しました。現在私の同期3名が逃げた犯人を追いかけています」
そうなんだ、同じ奴が。いったい俺に何の恨みが有るってんだ。
「ゲオルグ様の試合時間まではまだ時間が有ります。今はゆっくりと体を休めてください」
ありがとう。でも、起き上がりたいんですが?
「念の為、そのままで」
はい、すみません。
真剣な顔のクロエさんに両肩をしっかり押さえ付けられて、俺はエステルさんの到着を待った。




