第45話 俺は新たな魔導具を試し射つ
ヤーナさんがバスケットを持って消えた後、俺達は工房へ向かった。
店舗部分から出て行く通路は一つしかないから、ヤーナさんの後に続くんだけど。
通路を進んで左に行くと住居スペース、右に行くと工房がある。分かれ道に近づくと姉さんの声が耳に届いた。
何を言っているのか分からないけど、興奮しているのだけは伝わってくる。
工房を覗き込むと、剣を持って魔法を込めている姉さんが目に入った。その様子をソゾンさんが見守っている。姉さんはまた魔導具を作っているのか。
「なんじゃ、ゲオルグがおるぞ。見られてしまったな」
ソゾンさんが俺を見つけて残念がっている。どうやら来ない方が良かったみたいだ。
「もう、今日は家でゆっくりしててって言ったのに」
魔法を注入し終わった姉さんもこちらに気付き、文句を言ってきた。
とりあえずここに来た正当な理由を主張する。
「父さんから3日後に帰るって連絡があったから、すぐにソゾンさんに伝えようと思って。仕事の事もあるだろうし」
一応最後に、急に来てすみませんと付け加えておく。
「おお、そうか。ありがとな。ほらアリー、そんながっかりしておると折角来てくれた弟が可哀想じゃろ。誰も入れるなとヤーナに言わなかった儂らも悪いんじゃ。それに使用者の意見を取り入れた方が、いい魔導具が出来るぞ」
ソゾンさんが姉さんを窘めている。もしかして俺用の剣を作ってくれてた?
もしかして姉さんはここに来た理由を忘れているのかな。
「温室用の魔導具を見に行くって言ってたのに」
「そんなもんは30分もかからず見終わるわい。昼に帰らなかった時点で何かやっていると気付けないとは、ゲオルグもまだまだじゃな」
遊んでいるだけだと思っていた。
「こんな小さな子に向かってまだまだだなんて、嫌な爺さんでごめんね。さあ、手を休めておやつにしましょう。ゲオルグ君が持って来てくれたアップルパイですから、ゲオルグ君を邪険に扱う人には食べさせませんよ」
ヤーナさんがバスケットを持って工房に入ってきた。その後ろにポットとカップ、お皿や食器を持ったアンナさんが続く。
アンナさんが居ないと思ったら住居スペースの方に居たのか。何やってたの?
「ヤーナさんが店番をしている間に家事の手伝いをしていました」
「掃除や洗濯をしてもらったりで助かっているのよ」
「アリー様に色々指導して頂いているので、こちらも何かしなければ」
「旦那が楽しんでやってるんだから気にしなくていいのよ。アリーちゃんに教えるくらいの優しさで接していたら、息子や孫達の誰かが後を継いでくれたのにね」
アンナさんとヤーナさんの軽快なやり取りに、ソゾンさんが反応する。
「ふん。やる気のない奴に教えても大成せんわ。あいつらは鍛冶以外の仕事で飯が食えてるんだからそれでええじゃろと、よく言ってたのはお前じゃないか」
「あなたが寂しそうにしていたから励ますために言ってただけですよ。可愛い弟子が出来てから、そんな姿を見る機会は減りましたけどね」
「寂しそうになどしておらん」
「私は寂しいです。年に一度も顔を出さない子も居るんですよ」
どんどん2人がヒートアップしている。止めに入った方がいいのかな。
「ねえ、いつまでも遊んでないで、早くアップルパイを食べようよ」
あれを見て遊んでいると評するのか。発言者の姉さんを見ると、椅子に座って準備万端だ。
さっきまで無かったよね。どこからそのテーブルと椅子を持ってきたの?
アンナさんも気にせず紅茶を6人分配膳している。
「あれはいつもの事だから、俺達も席に付こう」
ジークさんに促されて俺も席に着く。
工房で食事をするときは隣の倉庫からテーブルと椅子を運んでくるそうだ。
いつも姉さんが浮遊魔法で運ぶみたい。
姉さんが来るまで埃まみれの床に座るか、立ち食いだったのか。まあ工房で食事するのがそもそも間違いだよね。
「待たせちゃってごめんね。さあ食べましょう」
笑顔のヤーナさんに続いて渋面のソゾンさんが席に着く。
バスケットを受け取ったアンナさんが皆に取り分ける。アンナさんの分より明らかに姉さんの方が大きい。姉さんへの愛を感じる。
あ、俺も姉さんと同じサイズなのね、ありがとう。
「いただきまーっす」
満面の笑みで頬張る姉さんを女性陣2人が優しく見守っていた。
美味しいおやつを食べ終わった後、ソゾンさんに連れられて工房から裏庭に出た。
魔導具の動作確認を裏庭でやるそうだ。姉さんとジークさんも一緒だ。
「そら、この剣で向こうの土壁に向かって魔法を発動させてみろ。同じやり方で剣先から火球が飛ぶ」
ソゾンさんに片刃の直剣を渡された。さっき工房で姉さんが魔法を込めていた剣。誕生祭に貰った剣と同じような大きさの片手剣だが、赤く光る鉱石が柄頭に一つだけ。
俺は言われた通りに土壁に向かって右手で剣を構える。
魔法を使うだけだから棒立ちでいいか。剣先を土壁へと向ける。
左手を鉱石に添えて、離す。
今朝と同様に剣先から火球が膨れ上がる。
同じ大きさの火球となったところで剣から放たれ、土壁へと着弾する。
姉さんが水魔法で消化しながら、どうだったと聞いてくる。
何点か思う所はある。
「同じくらいの威力を持った火球なのに、魔法発射までの時間が短縮されてる。それと、右手が熱くない。全身に感じる熱波も無くなった」
やった、上手くいったねと姉さんがはしゃいでいる。
「まあ儂が作った剣じゃから当然。お手本を見せたからアリーにも出来るじゃろ。後はゲオルグとよく相談して、どういう剣にするか決めるんじゃな」
そういってソゾンさんは工房へ戻っていった。
姉さんの目がキラキラしている。ええっと、新しい魔導具は嬉しいんだけど剣じゃなきゃだめ?




