第13話 俺は木剣の柄を差し出す
「てめえ!俺を殺す気か!」
試合管理部の人に連れられて試合場に戻って来たヨルク君は、濡れた前髪を掻き上げながら怒りを露わにした。
頭髪だけじゃなく衣類も濡れて、あちこちに泥がへばりついている。両肩の肩当ても少し汚れているが、未だ壊れずに存在していた。
「最悪だ。なんだよあれ。軽々と壁をぶち壊しやがって。しかもお前、水を流し込んで窒息死させようとしただろ!」
いや、何もそこまでは。
「俺は山育ちで泳げないんだよ!バカにしやがって!」
そんな事知らねえよ。下向きに穴があったら誰だって水を注いでみたくなるだろ。そっちも水攻めの可能性くらい想定しとけよ。
水攻めされると思って慌てた結果、滅茶苦茶に土中を掘り進めて試合場の外に出てしまったのかな。
「審判!あんな悪意有る過剰攻撃を許していいのか!?絶対に反則負けだ!」
矛先を俺から審判の先輩へと移し、ヨルク君は元気に吠え続ける。
試合前とは人が変わったような口の悪さだが、吠える体力は残っているようだな。
「ヨルク。ゲオルグの攻撃は過剰では無い、と我々は判断している」
怒りをぶつけられた審判が、ゆっくりと丁寧に、駄々っ子に言い聞かせるような口振りで答える。
「その証拠を見せよう。ゲオルグ、さっきの水魔法はまだ使えるか?」
審判からの質問に、俺は首肯で応じた。
「では俺が今から土壁を作り出すから、それに向かって放ってくれ」
審判が指を鳴らすと、少し離れた位置に畳大の土壁が出現した。遠目からの判断だが、ヨルク君が作った土壁よりも薄いかもしれない。俺は言われた通り、それに向かって水弾を放った。
真っ直ぐ飛行した水弾は勢い良く土壁に衝突して耳に残る音を生んだが、貫通する事無く四散する。
水を浴びた土壁は若干抉れていたが、審判が魔法を解除するまで崩れる事は無かった。
「このように、簡単に防御出来る。君がもっとしっかり作っていたら壊されなかった筈だ。水攻めにしても、囲いの上辺を塞いで下辺や中辺に隙間を設けるなどの対応は簡単に出来た筈。真下に逃げたのは君の落ち度だ」
俺を庇ってくれるのは嬉しいが、簡単とか言われるとちょっと凹む。ちょっとだけね。
「お前が手加減したんだろ!」
しかしヨルク君は納得せず、俺に向かって噛み付いてくる。
自分が作った土壁は軽々と破壊されたんだ。威力を変えたと思われても仕方ない、か。
「ゲオルグのアレは魔導具によるもので、一定の威力しか出せない。威力を高める事も手加減する事も出来ないと、魔導具使用を申請して来た時に聞いている。魔導具使用は大会規則で認められている。こちらとしては何も問題無い」
「ぐぅうぅ」
ヨルク君は唸り声を上げながらこちらを睨み付けている。どうしたら落ち着いてくれるのやら。
「このまま不満を言い続けて試合を放棄するというのなら別に構わない。大人しく場外に出た罰則を受けて試合を再開するか、負けを選択する「続ける!」」
審判の話を遮って、ヨルク君は試合続行の意思を示した。
「わかった。罰則で破壊される魔導具は右か左か、好きな方を選べ」
観客席からパチパチと疎らな拍手の音が届く。ちょっと口が悪くて嫌な奴だが、応援してくれるような友達は居るみたいだな。
そういえば俺の応援は、と思って視線を観客席へ向けると、真っ黒い布を持ったまま拍手をしているクロエさんの姿が目に入った。どうやら拍手をしている観客の多くは俺の応援団のようだ
クロエさんが隣の先輩と2人で持つ真っ黒な布には、黄色い文字で俺の名前と共に『不撓不屈』という言葉が描かれている。
その拍手は、ヨルク君の諦めない精神に対する賞賛の拍手って事かな?
まあ俺もこんな感じで試合が終わったらスッキリしないからな。出来ればきちんと決着をつけたい。
うん、しっかり決着をつけよう。
俺は地面に転がったままになっていた木剣を拾い、審判によって右肩の魔導具を破壊されたヨルク君に近寄った。
「剣術の方が得意なんだろ?もう1度、剣でやり合おう」
木剣の柄を差し出した俺に、ヨルク君は胡乱な目を向けていた。
あんなにジークさんとの剣術修行を嫌がっていた俺が何故この試合の決着に剣を選択したのか、自分自身もよくわかっていない。
不意打ちを喰らったのが悔しかったから?
同世代の剣士と戦えるのが嬉しかったから?
やっぱり剣が、好きだから?
前世では剣道が好きだったのは間違いない。好きで、好きだからいっぱい練習して、試合に勝って、調子に乗って、力を使い過ぎて死んだ。最後の試合で倒れた時の感覚は、トラウマのように、今でもまだ覚えている。たまに、夢に見る事も。
そんな記憶が辛くて、今世ではなるべく剣を使いたくなかった。昔、姉さんに剣の魔導具を貰ったが、それを使うつもりは無く、部屋に飾ったままにしてある。
なのに、どういう風の吹き回しで剣での戦いを選んだんだろう。あのまま魔導具でごり押ししていれば、もっと簡単に勝てたのにな。
「ゲオルグ様、お疲れ様です。怪我は大丈夫ですか?」
試合後、控室の椅子に座ってぼーっとしていた俺を迎えに来てくれたクロエさんが、心配そうに俺の頭や右腕を覗き込む。右肩の魔導具への打撃を避けた時に、何度かヨルク君の剣が当たった場所だ。それなりに痛かったが勝手に治っている。かすり傷ですよと俺は答えた。
「辛勝でしたが、準決勝進出おめでとうございます。剣の稽古はもうちょっとやった方が良いですよ。こっちはハラハラしたんですから」
「ハハハ、ご心配おかけしました。そうだ、また馬術の方を見に行きませんか?」
剣に関する明言を避けた俺は椅子から立ち上がり、クロエさんを連れて控室を出た。
今後、剣を使って戦うつもりは無い。ましてやジークさんの無茶苦茶な修行を受ける気も無い。
今回はそう、気まぐれだ。ヨルク君の話に乗った結果の、気の迷いだ。別に、楽しくなかったし、痛いだけだった。体も、心も。
今は剣より魔法の方が好きだし、魔導具作りは得意な方だ。魔導具が有る限り、俺は剣を使わなくて済む。
嫌な記憶を思い返すくらいなら剣を握らない。自由に魔法を使える体だったら、絶対に剣を握らなかった。
もし万が一、試合中に手持ちの魔導具が枯渇したら?
そうならないように数だけは揃えて来た。
前の試合で使い終わった魔導具に魔力を補充して貰っておけば、1試合は十分に持つはずだ。
姉さんのような怪物さえ現れなければ。




