第8話 俺は馬術競技の過酷さを知る
俺が馬術施設に着いたのはちょうど試合が終わったところで、勝ったクラスの生徒達5名が馬上から観客に向けて手を振っているところだった。
馬群の先頭にいるのはミリー、後方にはアランくんの姿も有る。つまり勝ったのは俺のクラスの代表者達だ。
「10組代表者圧勝、これで2連勝だ!」
試合実況担当者の声が会場内に拡散する。
「初戦に続いて1つも自分達の魔導具を破壊されず、相手の魔導具を破壊し切って勝利した彼女達に、勝てるクラスはあるのか!?」
綺麗に足並みを揃えて厩舎へ向かうミリー達を実況者が賛美する。
馬術競技は5対5の団体戦で、騎手の両肩に装備した魔導具を馬上槍(先端に布を巻いた棒)で突いて破壊し、制限時間内に破壊した個数を競う競技だ。
実況者によると、ミリー達は2戦とも10点対0点で完勝しているらしい。素晴らしい結果だ。毎日カチヤ先生の猛特訓を頑張ったおかげだな。
俺は他の観客達と同様に精一杯の拍手をして、ミリー達の退場を見送った。
ミリー達が退場すると、すぐに別の10人が騎乗して入場し、次の試合が始まった。
片手で馬上槍を持ち、もう片手で馬の手綱を握る。勢い良く馬を走らせて相手の槍を避けながら、すれ違い様に魔導具を狙い打つ。
激しい打ち合いの結果、1人がバランスを崩して落馬した。それと同時に試合管理部の先輩が土魔法を使用して落下地点の地面を柔らかくし、もう1人の先輩が飛行魔法で無人の馬の回収へ向かう。試合の行方よりも先輩達の手際の良さに気を取られてしまった。
落馬した彼は馬に踏まれないように必死に転がってその場を逃れ、土魔法を使った先輩と合流して会場を出て行ったが、試合に戻って来る事は無かった。
回収された馬には待機していた予備の生徒が肩の魔導具を1つ壊した状態で跨り、試合に復帰した。
落馬した彼の魔導具に槍は当たっておらず、落馬による罰則で肩の魔導具が一つ減らされたようだ。槍が当たっていれば、槍による魔導具の破壊と落馬による罰則で両肩の魔導具を失ってしまい、復帰出来なくなってしまう。
落馬した彼は、落馬によって酷い怪我をしたのか、それとも馬に乗る事が怖くなったのか。
怪我人を治療する保険管理部には姉さんが回復魔法の魔導具を提供している。それを使えば怪我はすぐに治るはずだから、おそらく精神的なダメージで試合に戻れなくなったんだろう。
落馬、怖かっただろうな。正直、俺も怖い。俺は馬に踏まれても死なないと思うが、それでも踏まれたらと思うとね。
ミリー達はこんなに激しい試合の中、相手に一切得点を与えずに勝っているんだ。凄いね。尊敬するわ。
あ、同じクラスの生徒がまた落馬した。
これは勝負有ったな。
2人も落馬してポイントを失った状況から逆転するのは厳しいだろう。
俺は一旦試合から目線を切り、姉さんが切り盛りしている屋台の方へ足を向けた。
俺が試合を立ち見していた場所からでも姉さん達の元気な声は耳に届いていた。
試合中にも関わらず短い行列が出来ていて、開会式前には考えられなかった繁盛っぷりに俺は驚いている。
いつのまにかクロエさん達もその行列に加わっていた。
「肉まんも餃子もおやきも美味しいよ。冷たい飲み物も有るよ、冷えたお水なら無料だよ!」
「いらっしゃい!はい、おやきですね。肉味噌1つとチーズ1つ、少々お待ちください」
「餃子を食べ終わったお皿や飲み終わったコップはこちらに返却してください。肉まんやおやきを包んでいる紙はこちらのゴミ箱へ」
みんな忙しそうに働いている。明日以降は俺もこの輪に加わるのか。みんなの邪魔にならずに働けるか、今から心配になるな。
「あっ、ゲオルグお疲れ様。クロエから結果は聞いてるよ、頑張ったね」
行列を離れて屋台の内部を観察していた俺に気付いた姉さんが、仕事の手を止めて近寄って来る。
餃子を焼いている鉄板から目を離さない方がいいよ?
「大丈夫大丈夫、今さっき蓋をして蒸し焼きし始めたところだから。入れる水の量も蒸す時間も測ってるしね」
それなら良いけど。
意外とちゃんとしている姉さんに驚いたのは内緒だ。
「この分だと夕方まで食材が持たないかもよ。もっと数を用意しておくべきだったね」
残念そうな顔を姉さんが作る。
どれくらい売れるか分からなかったんだから、売れ残るよりはいいよ。
「欲が無いねぇ。まっ、責任者はゲオルグだからその辺は任せるけど。じゃあ私は仕事に戻るよ。3回戦も頑張ってね」
俺の左肩をポンと叩いて激励し、そのまま鉄板の前に戻ろうとした姉さんを俺は引き留めた。
「2戦も戦って汚れている俺に触ったんだから、調理前に手を洗って!」
「おっと申し訳ない。すぐ洗って来るよ」
食品管理部が責任者を務める屋台は他の屋台の手本となる様にしなければ。
売れ残っても良い。早々に売り切れても良い。不衛生が1番悪い。
「他のみんなも、衛生面には気をつけてください!」
「「「はい!」」」
従業員達の元気良い返答に対して、俺は満足げに頷いて見せた。
俺が屋台の衛生面に気を取られている間にいつのまにか形勢が逆転していて、2名も落馬したクラスが勝利したようだ。
会場内で唯一騎乗している女の子は、つまらなそうな顔で、愛想悪く観客を見下ろしていた。




