第6話 俺は試合後に溜息を吐く
魔導具を起動し、風を生む。
左腕を伸ばした前方に向かって吹き荒れる突風が、こちらに向かって走り寄っていた対戦相手の彼と勢いよく衝突する。
俺が魔法を放つと思っていなくて油断したのか、彼は風魔法に対して有効な策を講じない。
踏ん張る事も無く吹き飛ばされた彼はゴロゴロと地面を転がり、壁に当たってようやく止まった。
「待て!」
打ちどころが悪かったのか、すぐには起き上がらない彼。審判を務める試合管理部の先輩が、俺達の間に入って試合を止めた。
試合が止まっている隙に、俺は背負っていたリュックを下ろす。使い終えた左腕の魔導具をリュックに仕舞い、新しく別の魔道具を取り出して装着した。
彼に方へ目をやると、クロエさんが持つ応援幕が目に入る。
うーん。めっちゃ目立ってる。周囲に居る観客の視線もチラチラと応援幕へ向いている気がする。出来るだけ早く終わらせて、あの応援幕を仕舞ってもらわないと。
俺が応援幕を気にしている間に、彼はヨロヨロと体を起こしていた。ゆっくりと立ち上がった後、審判と一言二言やり取りをしている。
「試合再開!」
審判の大きな声が試合場内に広がる。その声に押し出されるように、彼が再び足を動かし始めた。
「うらあぁぁあ!」
重い足取りでこちらに向かいながら、彼が気合を込めて火球を生み出す。
何か俺に怨みがあるみたいだが、申し訳ない。君に構っている暇は無いんだ。
「業火」
右腕の魔導具から発生した、体を覆い隠す程に大きな火球は、対戦相手が放った火球を軽々と飲み込んで、止まる事無く突き進んだ。
「あの〜、クロエさん。その布、いつの間に作ったんですか?」
初戦を勝利で終えた俺は観客席に移動し、俺の名前が描かれた応援幕を畳んでリュックに仕舞おうとしているクロエさんに話しかけた。
金色で縁取られた真っ赤な布地に、同じ金色で『風魔導師ゲオルグ 常勝不敗』と描かれた応援幕。
遠くからでもとても目立つその横断幕は、出来れば今後使わないで欲しい。
「1回戦突破、おめでとうございます。これはリリー様が提案して、みんなで刺繍したんですよ。私も1字、担当しました」
隣の女生徒と協力して再び布を広げたクロエさんは、どこか自慢げに、綺麗でしょと付け加えた。
確かに綺麗だ。人の手で刺繍したとは思えない程に文字の均整が取れている。
だが、いくら綺麗でも恥ずかしい。応援幕を作ってもらって嬉しい、家族が施した綺麗な刺繍をみんなに見てもらいたい、そんな感情よりも自分の名前がデカデカと描かれていて恥ずかしいという気持ちの方が勝っている。
「後2枚有るんですよ。次の試合を楽しみにしていてくださいね」
げっ。1枚だけでも辛いのに、まだ有るのか。
しかし、クロエさんが普段以上にニコニコと楽しそうにしているものだから、恥ずかしいから使わないで、とは言えなかった。
こうなったら2回戦を棄権する事も考えた方が良いかもしれない。
「おい、お前!次は許さないからな!」
クロエさん達と分かれて出場選手が集まる控え室に戻ると、1回戦の対戦相手が絡んで来た。彼の斜め後ろにはつまらなそうな顔をした女の子がくっついている。
しかし次回って。君は1回戦敗退だけど。
「何をキョトンとした顔をしてるんだ!クラス対抗戦では負けないって言ってるんだ!」
ああ、そっち。
「ちっ、馬鹿にしやがって!さっきの試合だって、あの審判が邪魔しなければ俺が勝ってたんだ!あんな火球、俺の水魔法で消火出来たのに!」
彼はぷりぷりと怒って地団駄を踏む。
いやいや、業火の大きさに驚いて腰を抜かしていたくせに。審判が土魔法で防がなかったら、今頃病院送りだろ。
「その目がムカつくんだよ!人を馬鹿にしたようなその目が!」
「あーー、申し訳ない」
大言壮語するような人間は小馬鹿にされても仕方ないと思うが、ここで争っても仕方ない。不本意だが、ここは謝って終わらせてしまおう。
「認めやがったな!もう許さねぇ!」
あっ、そう判断する?
小馬鹿にしているからそれを指摘されて謝ったんだろと判断したらしい彼は、怒りを爆発させて右拳を振り上げた。
「はいはい、こんなところで喧嘩しないよー」
彼が右拳を振り下ろそうとしたその時、横から来た女性が彼の右手首を握って止めた。
女性は肩から『警備管理部』と書かれた襷を掛けている。選手同士の争いが無いかと見回っているところだったんだろう。
「な、なんだお前、邪魔すんな!」
彼は捕まった右手首を振り解こうと力一杯足掻いている。流石にここで魔法を使うような馬鹿ではないらしい。
「はいはい、1回戦敗退者は控室から出て行こうねー」
しかし女性の力がそれを上回っているようで、彼はズルズルと引き摺られながら控室から出て行った。
はぁ、クラス対抗戦でもう1度彼と対戦するのか。面倒臭い。
彼はアレだ。フランツと共に道具管理部をクビになった1年生だ。何を恨んでいるのか知らないが、面倒臭いから止めて欲しい。応援幕を掲げられるより、彼と関わる方が嫌だ。
はぁ。
俺が深く溜息を吐く様子を、残された女の子がつまらなそうな顔で観察していた。




