第123話 俺は話を聞き終えてベッドに潜り込む
旦那様が東方伯と競う様に酒を呑んでいた頃、王都から遠く離れた西方伯領都では、現地の警備隊員がフランツの家族4名を助け出していた。
しかし、父親は意識不明の重体。
母親は左足に闇魔法の魔導具を取り付けられて厳重に拘束。怪我は無いようだが、栄養状態が悪い。就学前の2人の娘達に、犯人達から与えられた食料や水分を渡していたせいだろう。
娘達の拘束は軽く、魔法を使って逃げる事は可能だったようだが、両親を置いて逃げる選択が出来ずに大人しく捕まっていたようだ。
4人を助けた後、警備隊は倉庫の所有者であるアスト商会の本店に向かい、商会長や関係者を任意同行して話を聞いているところである。
わざわざ私達を探して鷹揚亭までやって来たダミアンがその話を教えてくれた。
「まだフランツには家族の事は話していませんが、両親が助かれば彼も我々に協力してくれるでしょう。しかし、母親は兎も角、父親はかなり危険な容態みたいですがね。監視をしていた奴らは父親に碌な治療を受けさせなかったようで」
フランツの実家には大量の血痕が残っていたという話だ。その血は父親の物だったんだろう。今まで生き長らえていたのは物凄く運が良かったのかもしれない。
「そうか。まあ、助かって欲しいな」
「そうですね。大病院内のベッドを全て空にしたという噂のエルフが現れて手を貸してくれると、とても助かるのですがね」
「だな……」
そのエルフの真相を知っている旦那様はダミアンの言葉に深く反応せず、手元のコップを空にした。
「エルフなら、北の村で解放した女の中に居たよな。よく知らないけど、そいつが噂のエルフじゃないのか?」
黙った旦那様に変わって、ジークがエルフに言及した。
「ああ、そうかもな。まだ近衛のところに居るだろうから、救援を頼んでみたらどうだ?」
惚けたフリをする旦那様の意見に乗っかったダミアンは、足早に鷹揚亭を出て行った。
「これで魔導具の方もより詳しく調べられるな。そこから西方伯に繋がるかもしれん、それは確実に男爵の手柄だ。もっと胸を張れ!」
旦那様の背中を力強く叩いた東方伯の笑い声が、鷹揚亭の店内を暫く支配していた。
「これで話は終わりです。事件の全てが明らかになった訳ではありませんがね。後は警備隊が、内部調査も含めてしっかりと捜査してくれるでしょう」
既に日付は変わり、カエデとサクラは就寝している。話を聞く側も疲れる程長時間喋り続けたルトガーさんは、マリーが入れ直した紅茶を飲んで、喉の渇きを潤した。
「色々言いたいところは有るけど、目が覚めたら『良くやった』と言って褒めてあげようかな」
母さんの笑顔はちょっとだけ固い。
父さんが結婚に不満が有ると口走ったからか、母さん以外の女性の裸を見てしまったからか。
明朝酒が抜けた父さんに、『一言母さんに謝った方がいいよ』と助言することにしよう。
「犯人が捕まって良かったね、マリー」
母さんと違って晴れやかな笑顔をマリーに向けた姉さんの言葉に、俺も同意した。黒幕の捜査も大事だが、先ずはマリーを傷つけた実行犯を厳罰に処してもらいたい。
しかし俺も警備隊の制服を着た人物に襲われたが、その人も捕まったんだろうか。犯人らの顔を見に行くつもりも無く確かめようは無いが、捕まっていると願っていよう。
「しかしあんな奴らに負けるなんて、修行不足だぞマリー。父さんはガッカリだ」
マリーに対して皆が祝福している中、ジークさんだけは渋い顔をしている。
話を聞く限りジークさんは無傷で宿屋の戦いを終えたみたいだし、そういう考えに至るのは仕方ないのかもしれないが……。
それは娘に対して酷過ぎない?
「ゲオルグ様、いいんです。今回の件で1番不甲斐無いと思っているのは私自身ですから」
「よく言ったマリー!明日から特訓して鍛え直してやるぞ!」
酒が入っているからか興奮しているジークさんに、マリーは苦笑いで対応する。
「いや、そこまでするとは言ってないけど。そうだ、ゲオルグ様も一緒にやります?」
ハハハ。ジークさんの特訓なんて真っ平ごめんです。
「ですよねーー。もうっ、再試験の為に勉強もしなきゃいけないのに。はぁぁ」
やる気になった父からは逃げられないと諦めたマリーは、深い深い溜息を吐いた。
「ゲオルグ、ちょっといい?」
ルトガーさんの話が終わって解散し、自分のベッドに入って寝る態勢になったところで、姉さんが俺の部屋に入って来た。
既に部屋の明かりは落としていて姉さんの表情は判別出来なかったが、声色からは多少の怒りを感じ取れる。
「ゲオルグ、ラウレンツには気を付けてね。アイツは家族から甘やかされている分、バカ王子よりタチが悪いから」
西方伯の息子のラウレンツ。姉さんやバカ王子(第二王子)と同学年の5年生で俺は会った事が無く、彼に関する情報を俺は何も持っていない。
今後も彼と会う機会は少ないはずなのに態々忠告してくるなんて、姉さんはよっぽどラウレンツが嫌いなようだ。
「うん、嫌い。だから、気を付けてね」
何をどう気を付けるのか具体的な事を何も言ってくれない姉さんに、わかった、と返す。
「うん。じゃあ、おやすみ!」
姉さんの力強い声と勢い良く閉まった扉の音の余韻を耳にしながら、2人の間にどんな事があったんだろう、とぼんやり考えていた。




