第122話 俺は父親の事を誇りに思う
「だ〜か〜ら!フェルゼン伯爵の処分だけでは儂は納得せん!もっと西方伯の懐が痛む罰を与えてやれ!」
「残念ながら現状それは無理です。それとも東方伯は西方伯の罪を暴く術を持っているとでも?」
「そんなものは無い!それを考えるのは宰相の仕事だろうが!」
「いいえ、私の仕事は王を補佐して国を平らかにする事です。警察権へのご不満は、治安維持課を従える内務大臣、もしくは近衛兵を従える軍務大臣へどうぞ。罰に関しては法務大臣に」
「ならば貴様らがなんとかしろ!内務!軍務!」
「ひぃぃ!」「……」
宰相にあしらわれた東方伯は新たな敵を見定めて睨み付ける。
その対象となった内務大臣は悲鳴をあげて縮こまり、軍務大臣は無言で顔を顰めている。名前を呼ばれなかった法務大臣はさっと席を立って、東方伯の視界外へと逃げ出した。
東方伯と宰相は先程仲良く旦那様の提案を否定していたが、その後は再び啀み合い、言葉をぶつけ合っている。
まあ東方伯が積極的に怒りをぶち撒け、宰相がそれをいなしているといった様子だが。
円卓を挟んでやり合っている東方伯達から意識をずらすと、別の会話が耳に入って来る。
「はぁ。なんで東方伯を呼んじゃったんですか。折角今日1日は家で大人しくしているって言質を取ったのに」
「東方伯への疑いは解けた、と早めに伝えた方が良いだろうとの意見が多くてね。でも男爵も悪いと思うぞ。そういう事は先に知らせておいてくれないと」
「そうですね。城の誰かに一言言っておくべきでした。で、アレは放置ですか?」
「内務大臣には申し訳ないが暫く耐えてもらう」
「また髪の毛が薄くなっちゃいますね」
「ハハハ、それは可哀想だ。後で見舞金でも渡しておこう。ところで、醤油と味噌についてだが」
東方伯の蛮行を放置して、旦那様は王との雑談に興じている。醤油と味噌の国内普及率の話など、今すぐしなきゃいけない事なのか。
確かにその2つの調味料は美味い。国中に広まって欲しいし、ゆくゆくは国外へ輸出出来れば素晴らしい。
しかしその2つを最も多く生産しているのは東方伯領だ。東方伯の機嫌を損ねれば、いくら国王と言えども商品の拡散は難しくなるだろう。
だから今はそんな話よりも、東方伯を宥める方に全力を向けて欲しい。私もやらないけど。
東方伯は未だ荒ぶって収まる気配が無い。内務大臣の頭髪が更に心配になる。
小さな会議室で発生した混沌の渦は暫く収まる事が無く、近衛の事務所で情報収集して来たジークが来るまで続けられた。
ジークは近衛兵と共に会議室へやって来て、私達に朗報をもたらした。
近衛の聴取により、フランツの家族が拘束されている場所が分かった、という報告だ。
既に現地の警備隊へ連絡し、その場所を調べてもらっているようだ。
「それが、西方伯領都の倉庫、か」
ジークと共にやって来た近衛兵の話を、王がもう1度言葉にして反芻する。
「倉庫の所有者は西方伯領都に本店が有るアスト商会です。捕らえた者の中に、商会長の4男が居ました」
近衛兵が補足情報を王に伝えた。
「そしてそのアスト商会は、西方伯が最も頼りにしている商会、ですね」
やれやれ、といった雰囲気で宰相が言葉を漏らす。
「アスト商会が潰れるなら西方伯も大打撃。そうなれば儂も満足だな」
大声で笑い始めた東方伯と、漸く話題が逸れて解放されたと安堵する内務大臣。
「近衛の捜査は打ち切る。西方伯とそう約束したが、現地の警備隊が捜査する分には問題無い、よな?」
「問題無いでしょう。しかし、アスト商会を潰すところまではいけないかと」
「ふむ。まあ少し調べさせてみよう。商会自体が奨学金詐欺に加担していたとか、何か余罪が出て来るかもしれないしな」
話を決めた国王は、宰相から目線を外して内務大臣へと向ける。
「内務大臣、後は頼んだ。もしその倉庫で拘束されている人達に闇魔法の魔導具が使われていたら、男爵が持って来た案件も頼むぞ!」
「えっ、ええぇぇ。私だけ仕事量多過ぎますよ……」
がっくりと肩を落として俯いた内務大臣の頭頂部は、私達と同年代とは思えない程に薄くなっていた。
「おい、飲みに行くぞ」
会議室を出た私達は満面の笑みを携えた東方伯に捕まった。
「今日は美味い酒が飲めそうだ」
旦那様の肩に腕を回した東方伯は、鼻歌混じりで軽やかな足取りだ。
それに対して旦那様は重たい足取り。東方伯と飲みに行くのは気が進まないようだ。
「今回はあまり役に立てなかったので、お酒を飲む気分では」
「ガハハ、確かに魔石の話は中途半端だったな」
東方伯に笑われて、旦那様は更に暗い雰囲気を漂わせる。
「だが全体を通しては悪くない。短い時間で色々とよくやった!」
「そうですかねぇ。警備隊と近衛にくっついていただけな気もしますが」
「心配するな!男爵は息子の為に頑張った良い父親だ。ゲオルグもリリーも、男爵の事を誇りに思うだろう!儂が保証する!」
東方伯の言葉で気が楽になったのか、お邪魔した鷹揚亭で旦那様は酒をガブガブと煽っていた。




