第121話 俺は父と王の関係に驚く
冒険者ギルドを出て王城へ戻る。
王と宰相への謁見を求めて必要な手続きを終えると、それ程待たされる事無く、王との謁見が叶った。
城内の雑事を担当する役人に案内されて向かった先は、謁見室では無く小さな会議室。
謁見室を使用すると王の国事として公式記録に残る。記録に残らなくても良いような瑣事の場合、王は少数の護衛を伴って会議室を使う傾向にあった。
つまり男爵との面会は瑣事、という事。
「えーっと。まずは事件の概要を話して。それから冒険者ギルドで聞いた情報を。学校内での子供達のイザコザについてどうする?フランツの家族については……」
しかし旦那様はそんな王の事情に気を払う余裕は無いといった様子で、小声でぶつぶつと考えを整理している。王とは昔からの知り合いだから、そんな扱いを今更気にしていないのかもしれない。
でも案内してくれている役人が不審がっているから、せめて無言でお願いしたい。
「フリーグ男爵他1名をお連れしました!」
役人が会議室の扉をノックし、内側に向けて声を張り上げる。因みにジークは城に戻った後、近衛の方の様子を見に行った。
入れ、という中からの返事を聞いた役人が扉を開ける。私達を中へ誘導した後、仕事を終えた役人は扉を閉めて立ち去った。
会議室の中には数名の人間が居たが、私達の為に集まったという雰囲気ではない。
王、宰相、第一王子、王の護衛の近衛騎士が2人に、大臣が3人。更に。
「東方伯?」
私より先に部屋に入って状況を確認した旦那様が、素っ頓狂な声で1人の名前を口にした。
小さな会議室。円卓の向こう側に国王らが、手前の扉側に東方伯が1人で座っている。
大臣達も着席していて、近衛騎士の2名は王の後ろに侍って立ち、こちらよりも対面に座っている東方伯に注意を払っているようだ。
その東方伯は体を捻って背後の私達に振り返り、旦那様に無言の視線を送っていた。
眼差しは力強く、そこから怒りの感情を読み取るには十分な圧力が有った。
東方伯の右隣にある椅子の背もたれがへし折れているのは、誰かさんが怒りをぶつけた証拠かもしれない。
「えーっと、東方伯がなぜ?」
東方伯の視線に射抜かれ、入り口で立ち尽くしていた旦那様がなんとか言葉を絞り出す。
今日1日は屋敷で大人しくしていると言っていた東方伯がなぜ王城に居るのか。まさか待ち切れずに乗り込んだのか?
そんな疑問は宰相がすぐに解決してくれた。
「事件解決を王自ら伝える為にこちらへ呼んだのですが、この有様。現場に居た男爵からも、東方伯に言って聞かせてください」
「ふんっ!」
努めて平静を装ってゆったりと話す宰相に、東方伯は鼻息を荒くして向き直った。
「西方伯派閥内で影響力が少なく落ち目だったフェルゼン伯爵を奪爵したところで、西方伯は痛くも痒くも無いわ。無能な人間を処分出来たと、今頃ほくそ笑んでるんじゃないか!?」
東方伯が荒ぶっている気持ちをそのまま言葉に乗せて不満をぶちまけても、宰相は顔色ひとつ変えなかった。
反対に旦那様は、面倒な事になったと顔色を青くしている。
部屋を間違えましたと言ってこのまま帰ろうかな。きっとそんな風に考えているだろう。
その証拠に旦那様は少しずつ後退りをしていて、後方に控えていた私の靴を踏んづけていた。
「で、男爵の話とは?」
宰相と東方伯のやり取りを黙って見ていた国王の言葉によって、全員の注目が旦那様に集まる。
「あー、えー。私は何故この部屋に来てしまったのでしょうか?」
「男爵が私に用事があって、私がここに居たから、かな。まだボケるような歳では無いだろ?」
旦那様の可笑しな答えに、王は表情を綻ばせた。
「ええ、まあ。王と同い年ですし」
「宰相やアイツともな。アイツはずっと男爵のところにいるんだろ?元気にやってるか?」
「それが、春頃から行方不明でして。どこかで酒を飲んでいるとは思いますが」
「そうか。まあそう簡単に死ぬようなヤツじゃないしな。どこかで元気に酒を飲んでいるのは間違いないだろう」
声を出して笑い出した王のお陰で、場の空気は少し弛緩したようだ。
「で、男爵の話とは?」
笑う王に変わって宰相が質問を引き継いだ。
「実は、捕まっていた女性に取り付けられていた魔導具の件で報告が」
王との雑談で気を持ち直した旦那様は、冒険者ギルドで得た情報を話し始めた。
「ですから、王の権限を使って冒険者ギルドに護衛歴を開示させる、もしくは冒険者のローマンを呼び寄せて話を聞けば、西方伯の関与が明らかになるのではないかと。そう考えて、王に進言する為に参上致しました。以上です」
旦那様が説明を終え、ペコリと頭を下げる。
捜査を再開する完璧な案件だとドヤ顔を見せていた旦那様だったが、
「それではダメだな」
東方伯が口を挟んだ事で、旦那様の表情が崩れた。
「それが全て上手く行っても『西方伯が闇魔法の魔導具を作らせた』という事実しか証明出来ない。そこから問い詰めても、新しき西風の連中が魔導具を勝手に持ち出した、と言われて終わるだろう。魔導具に注目したところは悪くないが、決定打にはならない」
東方伯の反対意見に宰相も追随する。
「更に付け加えますと、現在の法律では闇の魔導具の製造及び所持は罪になりません。それを使って人間を拘束し、奴隷のように扱うのは罪に当たりますが。西方伯が女性達にそれを使用したと、どうやって証明するおつもりでしょうか?」
「2人とも、そこまで痛烈に批判しなくても……」
「ハハハ、先走りましたかね……」
東方伯と宰相に立て続けに否定され、王に同情されてしまった旦那様は、乾いた笑い声をあげる事しか出来なかった。




