第112話 俺はアルバンの取り調べ内容を聞く
王城手前の門で、運んで来た人々を降ろす。
門を守衛していた近衛兵達は警戒していたが、私達に同行していた2人の近衛の説明を聞いて、増援を呼びに動き出した。
「俺、暫くこっちに居るわ」
マリーを襲った3人を未だに離そうとしないジークの主張を了承し、私は再び空へと飛び上がる。
目的地はダミアンの詰所。宿屋で捕まえた事件関係者の中で唯一意識のある宿屋の息子が何を喋ったのか。関係者を一斉捕縛出来るような良い情報を持っていれば良いが。
舞い戻った空は未だ暗い。夜明けまではまだ少し時間がかかりそうだ。
ダミアンの詰所に到着すると、ダミアンが誰かにペコペコと頭を下げていた。
「私達が担当する市街地区の地区隊長です」
ダミアンの部下がこそっと教えてくれた。
「隊長に話を通さずに近衛兵と連携した事を怒っているようです。普段は地区庁舎の日勤でこの詰所にも殆ど顔を出さないのに、夜間の緊急時に連絡しなかった事がよっぽど頭に来たんですかね」
溜息混じりで事情を説明してくれた部下が、男爵はこちらです、とダミアン達を放置して案内してくれた。
「おう、ルトガー。遅かったな。ジークは一緒じゃないのか?」
旦那様は詰所の仮眠室に設置されているベッドで横になっていた。
「宿屋の息子の取り調べは終わったんですか?」
「それが詰所に帰って来たら隊長さんが来ててさ。ダミアンが隊長に捕まったから何も出来てないんだ。さすがに俺1人で勝手に取り調べするのも、な?」
それは口実で、ただサボってゆっくりしたかっただけなのでは?
という言葉を飲み込んで、私はジークについて説明した。
「はぁあ。それはまた隊長が文句を言いそうな案件ですね」
旦那様と並んで私の話を聞いていたダミアンの部下が悲壮感を露わにする。
警備隊員の多くが捕まって近衛に突き出されたわけだから、警備隊の上層部は大慌てだろう。しかもこの詰所の人間は捕まえた側だ。隊長の管理責任は確実に問われるだろう。
「あの頭でっかちな隊長がどう対応するか見ものだな。保身に走って、全て部下の独断ですって切り捨てると俺は思うけどね」
旦那様がニヤニヤと表情を崩した。悪戯を考えている時のアリー様の表情と本当に良く似ている。
「じゃあルトガーも帰って来た事だし、ダミアンは放っておいてアルバンの取り調べを始めるとするか」
勢いよくベッドから起き上がった旦那様の提案に、ダミアンの部下は素直に従った。多分、隊長とダミアンの下へ帰りたくなかったんだろう。
宿屋の息子のアルバンは憔悴した顔をしていたが、取り調べにはしっかりとした口調で応対した。
「俺は、貴族の派閥争いなんて無縁の暮らしをして来た一般人で。でも学生時代、色々あって、特に女の子の事とか。それで、ある派閥に参加することに」
「分かる分かる。好きになった女とはいつも一緒に居たくなるよな」
旦那様の合いの手に、アルバンは少し表情を崩した。
「新しき西風。それが、俺が学生時代に参加した派閥の名前でした。正確には、大きな派閥を構成する1組織、と言ったところですが」
「ふーん。俺が学生の頃には無かったな」
「卒業して、実家の宿を継ぐ為に働き始めても、新しき西風の連中とは定期的に会っていました。それで、今年の武闘大会が終わった頃、親に内緒で部屋を貸して欲しいと言われました」
「で、それを引き受けたと。どんな条件で?まさか無料って事は無いよな?」
「1割増の宿代と、その、懐かしい女を一晩貸してやるぞ、と。いや、女性の方は、断ったんですけど」
「ふーん」
急に歯切れが悪くなったアルバンの口ぶりに、本当は断ってないんだろ?と、ニタニタした旦那様の目が問うていた。
まあ1割増程度で引き受けたとは私も思わないが。
「そ、それで、俺はその貸した部屋の掃除と、夜中は常に部屋の窓を開ける事、緊急時には部屋の荷物を隠す事を約束して。親父は夜勤だし、お袋は下の階、俺が上の階の掃除担当だったんで、特に大きな問題は無かったんです」
「この前近衛兵が401号室を調べに来ただろ?その時、君は何かさせられたか?」
「はい。近衛が来る前、宿泊客の荷物に1枚の紙を仕込みました。親父の目を盗んでこっそりと」
「その紙に書かれていた内容は見たかな?」
「はい。東方伯縁者の男爵様には大変申し訳なく」
東方伯名義で、バルバラという女の子を誅殺せよと書かれた指示書だ.。
「ふーん。なんでそんな紙が必要になったのかは聞いてるか?」
「いいえ、知りませんでした。俺は宿の日勤が有るので、日中の襲撃には参加していなくて」
「へー。襲撃の事は知ってるんだな。誰が主犯格で誰を襲ったのか、知ってる事は全部話してもらうぞ」
「はい、すみません。全部話します。なので、実家の宿屋は潰さないでください」
必死に頭を下げるアルバンに、そんな思いが有ったとしても協力的過ぎやしないかと疑問に思いつつ、私は旦那様の横で取り調べを聞いていた。




