第105話 俺はギードの情報を教えてもらう
「男爵、不用意な発言は謹んでくださいね」
「へいへい、すみませんでした」
床に倒されて強く打った後頭部を撫でながら、旦那様は反省の意思が感じられない声色でダミアンに返答する。
ギードが旦那様に体当たりをした結果、2人はもつれ合って床に倒れた。
警備隊の牢屋や面会室にはある魔導具が設置されている。それは効果範囲内に居る人間が魔法を使えなくなる魔導具で、容疑者が魔法を使って逃げ出さない様にする為の物だ。勿論警備隊員や我々も魔法を使えなくなってしまうが。
悪用されないようにそれを作る技術は一般には広まっておらず、それを作れるのは当代に1人のドワーフだけだとか。私はそのドワーフの顔も名前も知らない。
それが有るおかげでギードは魔法が使えないし縛られているからと旦那様は油断し過ぎ、頭を強く打って悶絶していた。
「ギードも、悪いようにはしないから、大人しく情報提供して欲しいね」
「男爵に聞かせる話は何も無い!」
「わかったわかった。男爵には面会室を出て行ってもらうね。そうしたらゆっくり話をしよう」
ダミアンに目配せされた旦那様は、渋々といった様子で面会室を出て行った。
それに続いて私とジークも面会室を追い出され、それ以降ギードとの面会は出来なかった。
他の警備隊員に詰所の休憩室へ案内されて仮眠を取っていると、ギードとの話を切り上げてやって来たダミアンに起こされた。
「フランツ君の両親を騙した奨学金詐欺集団の1人が、ギード達に指示を出していたようです。2枚の指示書も今朝そいつから受け取ったと。そいつらが塒にしている宿屋の情報も聞けました。ただ残念な事に、西方伯子息との関係性はギードには分からないそうです。アリーちゃんの推理はハズレですかね」
「まだ外れたとは限らないだろ。フランツからも話は聞いたのか?」
さほど残念がった様子の無いダミアンに旦那様が反論する。
私はそれよりも、指示書を受け取ったのが今朝だという点に引っ掛かった。元々東方伯の名を騙る予定では無く、慌てて用意したんだろうか。
「これ以上フランツ君を取り調べない、かつ、2人を詐欺集団から保護するという条件で、ギードから色々と情報提供してもらいました。西方伯領の警備隊にも連絡して、詐欺集団を調べてもらう予定です。勿論フランツ君の家族の捜索も。なので、現段階ではフランツ君に話を聞けませんね」
ギードの情報で大きな手柄を得られそうだと思ったのか、ダミアンの表情は少し緩んでいる。
「そういう話になったのなら、まあ仕方ないか。それで、ギードは昨日ゲオルグが襲われた件には関わっているのか?一昨日のマリーの件には?それよりも前のバルバラの件には?」
「全てに参加していたようです」
「よぉし、分かった。今すぐボコボコにしてやる」
急に興奮して休憩室を飛び出そうとした旦那様の腕をジークが掴んで制止した。
「マリーを怪我させたやつだぞ!父親ならジークも怒れよ!」
「アリー様に怒るなって言ったばかりでしょうが。ちょっと眠って忘れたのか?」
離せ離せと騒ぐ旦那様はジークに任せて、
「その塒の宿屋にはこれから突入するんですか?」
と私はダミアンに質問した。
「実はその場所はうちの管轄外でして、他所の部署から許可を得ないと私達は動けないんですよ。だから、男爵達に力を貸してもらおうかと思いまして。南門近くに有る金福旅店っていう宿屋なんですけどね」
「ん?きんぷく?なんか聞いたことがあるな……」
騒いでいた旦那様が急にその動きを止める。
「まあ王都でも5本指に入る大きさの宿屋ですから、王都に住んでいたら名前くらい耳にするでしょうね」
「いや、なんかつい最近、とても大事な要件で」
頭を捻ってウンウンと悩み出した旦那様を放置して、私はダミアンから詐欺集団の情報をより詳しく聞く事にした。
ギードに指示を出していたのは人族の中年男性でアハトと名乗っていた。背はギードより少し高く、ギードよりも痩せ型。フード付きの黒いコートを愛用しているのに、靴は赤い色を好んでいた。蜂蜜が好きで、イライラした時には蜂蜜が入った瓶から匙で掬ってそのまま食べていた。などなど。
「そうだ!思い出した!近衛が調べて、東方伯の指示書が出て来た宿屋だ!」
旦那様が急に声を上げて、思い出した記憶を報告して来た。
あー、スッキリした、と旦那様は晴々とした顔をしているが、それは割と良くない情報なのでは?
「近衛が立ち入ったのなら、もうその宿屋には居ないかもしれませんね……」
「あっ」
ダミアンが溜息混じりに発した言葉を聞いて漸く都合が悪い事に気が付いた旦那様は、ガックリと肩を落として残念がった。
詐欺集団は居なくなったかもしれないが、現場を調べ、宿屋の従業員から話を聞いてみよう、と旦那様が提案し、私達はダミアンとその部下1人の計5名で宿屋の外に待機している。
時刻は既に0時を超えているが、宿屋の1階の窓からは綺麗な灯りが漏れ出ている。
視線を上にあげると、上階の窓の複数箇所にも灯りを確認出来た。
夜遅くまで灯りを使用出来るのは儲けている証拠。大きいだけあって、この宿屋は繁盛しているようだ。
暫く待つと、ダミアンの別の部下が2人の近衛兵を連れてやって来て、私達と合流した。
「既に捜査済みの宿屋にこれ以上の人員は裂けない、と言われてしまいました」
「まあまあ、捜査協力してくれただけマシでしょう。こちらは近衛からの容疑者引き渡し要請を拒否したんだからね」
コソコソっと会話するダミアン達を他所に、中年男性の近衛兵2人は旦那様と談笑している。どうやら知り合いらしい。
そして更に待つ事30分程。ある集団が到着した。
「やあやあ、お待たせしました。月明かりが綺麗で穏やかな風が気持ちいい、良い夜ですな」
「遅いぞイヴァン。どうしたらそんなに時間がかかるんだ!」
ダミアンのまた別の部下が連れて来たのはこの宿屋がある南門地区を担当するイヴァンだった。
「すまんすまん。部下を集めるのに時間が掛かってな」
イヴァンの背後には10名以上の警備隊員が並んでいた。
「では1番人数が居る我々が出入口を固めよう。中はダミアン達に任せる」
遅れて来たのに勝手に現場配置を決めたイヴァンは数人の警備隊員に指示を出して、宿屋の裏口へと向かわせた。
その中の1人の足元が、私は気になった。
「ジーク、ジーク」
旦那様がジークを呼びつけ、コソコソっと耳打ちをする。
「分かった。行ってくる」
旦那様の耳打ちに答えたジークは、分かれた警備隊員の後を追って裏口へと向かった。
私同様、旦那様も気になったらしい。
警備隊員の制服では足元は黒い革靴なのに、裏口へと向かった警備隊員の中で1人だけ、真っ赤な靴を履いていた。




