第104話 俺は事件解決のキッカケを知る
フランツ少年と共に捕まった男は、捕まってからまだ1度も声を発していなかった。
所持品は着衣の他に、東方伯の署名が書かれた指示書が2枚と少しのお金。
身元を示す様な物は一切持っておらず、未だにその名前すら分からなかった。
そんな彼を別の警備隊員と共に面会室に連れて来たダミアンが、後ろ手に縛られた彼と机を挟んで向かい合った椅子に座り、ゆっくりと語りかける。
「君の名前や目的をそろそろ話して欲しいんだがね?」
勿論彼は何も喋らない。ぼーっと机の一点を見つめて、心を無にしようと努めている。
「ならば、一緒に捕まったフランツ君との関係を聞きたいんだ。そんなに似た顔付きをしていないから、家族って事は無いよね?」
「……」
「ああ、フランツ君は元気にしているよ。さっき少し取り乱したが、今は落ち着いている。先程水と食料を渡したらペロリと完食したんだ。君は大人だから、何か話すまで絶食絶水でもいいね?」
「……」
「そうだ。フランツ君といえば、さっきフランツ君の実家の家族を向こうの警備隊員に調べてもらったんだがね?」
ダミアンの言葉に、彼は少しだけ眉を動かして反応した。
「ふふふ、どうやら気になるみたいだね。ならばお互いの知っている情報を交換しないかね?」
彼は目線を上げてダミアンを睨み付けるが、まだ何も言わない。
「んー。その表情では交渉に応じる気は無さそうだね。残念だが、別の話題に」
「名前は?」
ダミアンが諦めたところで、彼は漸く口を開いた。
「名前、とは?」
「その家族の名前だ。ハッタリじゃない事を示せ」
「んー、なるほど。ちょっと待ってね」
ドスを効かせた声で威嚇する彼の意志を逸らす様に立ち上がったダミアンは、そのまま面会室を出て行った。
「おい、何でうちの息子を狙った?」
「……」
ダミアンが出て行って静かになった面会室に、旦那様の声だけが木霊した。
「おまたせおまたせ」
面会室に戻って来たダミアンは、一枚の羊皮紙を手にしていた。
「その家に住んでいたのは4名の人族だね。父親のファビアン。母親のジルヴィア。就学前の年子の娘が2人で、ハンネとマルガ。周辺住民の話によると、仲の良い家族だったそうだね」
「家族だった?」
ダミアンの言い回しに、彼が反応する。
「今も仲の良い家族かどうかは確認出来なかったからね。4人の行方が分からないんだよ」
「行方が分からないってどういう事だよ!」
語気を強めた彼は立ち上がろうとしたが、後ろに控えていた警備隊員に押さえ付けられる。
「向こうの警備隊が鍵の空いていた家に立ち入ったところ、屋内家具や小物が散乱していて、床にはべっとりと血が」
「なっ!それは誰の血だ!?」
先程まで冷静な態度で無言を貫いていた彼とは打って変わって、彼は取り乱して暴れ始めた。
「誰の血かはまだ捜査途中だが、君がフランツ君の家族を誘拐して、フランツ君を脅していたわけでは」
「そんな事するか!俺はアイツの!」
「アイツの?」
「……」
ダミアンの問い掛けに対して一瞬躊躇した彼だったが、
「俺はフランツの叔父だ!俺はフランツを助ける為に此処にいる。俺が姉さんの家族に手を出す事など有り得ない!」
これまでで1番力の籠ったその言葉は、事件解決のキッカケとなった。
「俺はギード。フランツの母の、ジルヴィアの弟。俺達は西方伯領都で働く役人の子で、領都で生まれ育ち、ジルヴィアは隣町の農家に嫁に行った。2人は同級生で、領都に有る小さな学校で知り合ったんだ」
ギードと名乗った彼は急にペラペラと自分語りを始めた。
「数年後、2人は長男のフランツを領都ではなく王都にある大きな学校に入れようと考えた。しかし、何処かの誰かさんが氷結魔法の輸送隊なんかを作って広めたおかげで、ファビアン達の様な小さな農家は作物を安値で買い叩かれていて、貧乏だった」
ギードが旦那様を睨み付ける。まあ氷結魔法の言霊を広めたのは旦那様のだから、怨みたくなる気持ちは分かる。
しかし。
「貧乏な家庭の子でも、奨学金制度とか使って王都の学校に進学出来るだろ」
旦那様の反論に、ギードはぐにゃりと顔を顰めた。
「その奨学金に応募したのがそもそもの間違いだった」
ギードは悔しそうに唇を噛む。
「西方伯領内には沢山の奨学金制度が有った。西方伯の名や王太后の名で提供されている奨学金制度を筆頭に沢山有るんだ。ファビアン達はその中から1つを選んで契約を交わした。それは無利子で返済期間も長く、貧乏なファビアン達には魅力的な物だった。しかし、知らないうちに契約書がすり替わっていて、利息の代わりに返済期間中は何でも言う事を聞きます、という内容が追加されていた」
「西方伯の物を選ばず、何でまたそんな甘い罠の様な契約を」
溜息混じりの声を漏らした旦那様に向かって、ギードが吠える。
「ファビアン達だって最初は西方伯や王太后の制度に応募したさ!でもそっちは募集人数が1桁で、返済能力の厳しい審査や子供の試験があって、奨学金を勝ち取るのは難しいんだ。ファビアン達は最初の書類審査で落とされたよ!」
「だったら無理せず、領都の学校に」
「金持ちには2人の気持ちなんて分からないさ。息子が貧乏から抜け出せる様に、良い学校に入れてあげようとした2人の気持ちなんて分かる筈がない!」
「そうだな。俺には分からないな」
「なんだと!」
旦那様の冷たい切り返しに逆上したギードは、後ろ手に縛られたまま警備隊員の制止を振り切って、旦那様に体当たりをかました。




